第15章 躓く石も縁の端
そっと光秀の方へ向き直ると、腕を曲げて頭の下へそれを置く体勢で横たわっていた男が珍しいと言わんばかりに双眸を瞬かせる。実はあれから凪と同じく一睡もしていない為、凪が何やら眠れないでいる様子は知っていたが、敢えて気付いていない素振りをしたのだ。
「まあその、ちょっと考え事してて……光秀さんは?」
「しばらくしたら休む。俺の事は気にするな」
本当は光秀の事を意識し過ぎて目が冴えたのだが、よもや正直にそれを明かす事は出来まい。しばらくしたら、という事はやはりまだ眠気はないのだろうか。懸念が一つ晴れた事により、内心安堵した凪は僅かに逡巡を見せた後、光秀の方へ軽く身を寄せた。
「…あの、実はちょっとお願いがあって…」
「珍しい事もあるものだ。…先程から何やら落ち着かない様子だったのはその為か」
「え!?そ、そうです…っ」
光秀の方へ近付いた凪の意図としては、何かを請うなら相手の目を見て頼む、といった信条によるものであり、深い意味はない。しかし、褥の中でこうして自ら寄って来た事など一度たりともない光秀にしてみれば、どうしたのかと少なからず驚きもする。
加えて、安土へ戻ってから聞く初めての【お願い】だ。おそらく自分へこの時間に声をかける事を躊躇っていたのだろうと考え、男は内心でそっと苦笑する。
「何だ、言ってみろ」
落ち着かなかったのは正直貴方の所為ですけど、とは言えず、取り敢えず別の内容へすり替えた凪は、促された事によってあからさまな安堵を見せ、闇夜の中でも薄っすらとした光彩を覗かせる光秀を見つめた。
「……実は家康さんに、薬学と応急手当てみたいなのを教わりたくて。このまま無職で居る訳にもいかないしって悩んでたら、調薬師って形で調薬専門になればいいんじゃないかって言ってくれてたんです」
「……そうか」
凪は家康の御殿で彼と共に話し合った事を光秀へかいつまみながら伝える。いずれの場合も光秀の許可を得てからと言われたから、と伝えれば光秀は彼女の話へ静かに耳を傾け、やがて瞼を伏せた。