第15章 躓く石も縁の端
「……ああ、家賃だろう?」
「そ、そうです…家賃ですから」
「分かっている。……早くおいで」
心得ていると言わんばかりの穏やかな相槌を耳にし、ぎこちなく頷いた凪は、初めて添い寝───もとい、家賃を払った時と同じような状況に、唇を引き結ぶ。片手でぽん、と褥の上を一度軽く叩いた相手へ返す言葉がなく、そっと隣へ横たわった。
「あまり端へ行くな。褥からはみ出て転がるぞ」
「寝相はいいから大丈夫です」
「………ほう?」
いつもの如く、広い褥の端へ背を向けた状態で横たわった凪を見つめ、光秀が声をかける。どうやらまだ羞恥に苛まれているらしい彼女の耳朶は夜目の利く光秀の前では隠す術などない。片腕を細腰へ回し、ぐいと自らの方へ引き寄せれば、腕の力に抗えない凪の身体は呆気なく中央寄りの場所へ引き込まれた。
触れた凪の身体はほんのりと心地よい熱さであり、冬に抱き込んだら、さぞ暖かいのだろう。背に流れる黒髪に癖が付かぬよう軽く指先で梳いた後、光秀は名残惜しさを思いながらも腰から腕を退かす。
「もう…大丈夫だって言ったのに」
「元はお前の為の褥だ。俺ばかりが占領する訳にもいかない」
「そういうのは別に気にしてませんけど…」
「なら、何を気にしている?」
引き寄せられた事に文句を言う凪へ、光秀がもっともらしい事を言ってのけると背を向けたまま彼女は憮然とした面持ちを浮かべた。しかし、改めて問われた言葉には再び返す言葉を失い、ぴしりと身を強張らせてつい無言になる。
(どきどきするから光秀さんに近寄れない、とか言える訳ないでしょ…!!)
一見何でも無さそうな顔をしているが、凪の心の中は存外忙しない。随分前からそうだったのか、あるいは先日のリアルな夢を見てからなのか、果たしてきっかけなど覚えていないけれど。
「別に何も…!おやすみなさい…!」
「ああ、おやすみ」