第15章 躓く石も縁の端
「凪」
「っ、あ…あの…眠気がないのはそういう事もあるし、分かるんですけど、でも疲れはその日中に取らないと明日に響くというか…個人的に何度か言ってますけど、光秀さんの睡眠時間の少なさが気になるというか…あの…っ、」
「…それで、お前はどうしたい?」
低く潤った声が凪の名を呼んだ瞬間、再度肩を小さく跳ねさせた後、羞恥を必死にやり過ごそうとした彼女が本来の目的を思い起こし、慌てて早口に言い募る。肩をぐっと縮め、自らの身を守るように小さくなる小動物のような様で幾分上擦った声を出した彼女を、光秀は眇めた眼で柔らかく見つめた。
促す低い音は穏やかで、淡い色の感情が滲んでいる。
堪えきれず伸ばした指が優しく頬を撫ぜた。じんわりとした熱が伝わって来る滑らかなそれの感触を楽しんでいた中、伸ばしている側の袖を華奢な手がそっと掴んだ。
「その…、家賃の時間、だから…もう寝ましょう?」
相変わらず困ったように眉尻を下げ、赤らんだ目元を誤魔化すよう顔を逸らし、羞恥で消え入りそうな声で告げたそれが、光秀の心をしたたかに打つ。頬を撫ぜていた指先がするりと輪郭を滑り、顎へかかったと同時、親指がふっくらとした唇へ触れそうになり、そっと自制した。瞼を閉ざした男は一度凪へ背を向けて燭台と行灯の明かりを落とし、いつの間にか袖から離されていた凪の手を取って優しく促す。
「そこまで言われては、俺も無碍には出来ないな」
「わ…っ、」
自らも立つと同時に凪を立ち上がらせ、痛めていない方の手首を掴んだ光秀が顔を逸らしたまま告げた。小さな声を上げてつられるように立った凪の手首を引き、彼女の部屋へ向かって歩き出す。いまだどきどきと煩い鼓動を引き摺りながら光秀の後に続いた凪は、自室へ足を踏み入れると襖を閉ざし、褥の手前で離された手首をそっと反対の手で握った。
「さっきの、別に変な意味じゃないですからね…っ」
取り敢えず何か口にしないと気恥ずかしさで鼓動がどうにかなってしまいそうな為、念押しのように言うと褥へ横たわった光秀が横向きの体勢で双眸を瞬かせる。やがて微笑を乗せて長い睫毛を伏せた。