第15章 躓く石も縁の端
光秀の傍にある二つの灯りだけがぼんやりと揺れ、部屋の中途半端な位置で立ち止まった凪とは微妙な距離が空いていた。
灯りを消した事へはまるで怒ってなどいない光秀だが、敢えて煽るような物言いをすれば、含みのあるそれへ肩を小さく跳ねさせ、凪が振り返る。
憮然とした物言いのままぴしゃりと言い切り、残りの灯りを消す為に彼女が自身の方へ近付いて来るタイミングで、光秀は口角をそっと持ち上げた。
「行動力がある事は評価してやるが、俺が素直に従うとでも思っているのか」
「えっ!?」
普段なら灯りを消してしまえばやれやれ、といった様子で腰を上げてくれるというのに。そんな思惑がありありと窺える凪の姿を前に、光秀はつい笑みを深める。
虚を衝かれた様子で目を見開き、光秀の傍まであと三歩、といった距離感の中、凪は去来する静かな困惑と動揺に眉尻を下げた。
「そ、そんなに寝たくないんですか…」
「眠気はまだないな」
一体どういう方向に受け取ったのか、凪は困窮して呟く。短い相槌を打ちながら硯箱へ筆を収め、キリの良いところまでは書き留めていた紙を乾かすよう端へ退かした後、正座を崩して胡座の体勢になりながら光秀は片肘を優雅に文机の上へついた。
軽く頬杖をつき、片手で自身の前の畳を軽く叩くと、凪は一瞬躊躇った後で傍に寄り、両膝をつく。
「だが、お前次第では俺の気分も変わるかもしれないぞ」
「なにそれ、どういう意味ですか」
「言葉通りだ。お前は俺を休ませたいんだろう?」
「………う、」
頬杖をついていない方の片手を伸ばし、湯浴み後でしっとりしている凪の黒髪を撫で梳いた。指先を毛先まで通し、くるりと先を人差し指で絡めた後でゆっくり下ろす。
一連の所作が、けぶるような色気を帯びて凪の耳朶が赤く染まった。意地悪く眇められた眼差しは、その割に柔らかく穏やかであり、凪の反応を楽しむような素振りで男は吐息を漏らし、微かに笑う。