第15章 躓く石も縁の端
それは当然主と仰いでいる光秀にも言える事であり、揃って美しく端正な────しかも似通った面立ちをしている二人の男を前に、女はつい見惚れて言葉を失う。
上手くいけば今夜は大当たりだというのに、肝心の相手がまったくその気にならない事が酷く焦燥感を煽った。
「先程、私が主人に叱られる事を案じてくださいましたが、まさにその通りなのでございます。日銭を稼ぐのがやっとの生活でございますので……ですから、どうか」
同情を誘うような声色で女が囁く。そっと膝を寄せ、光秀へ近寄った彼女は投げ出されたままの男の腕へ指先を伸ばし、真白な着流しへそっと触れた。
「……お前の立場は少なからず理解出来る。朝を待たず帰れないというなら、隣室を使え」
「……っ、お優しいお気持ちは有り難く存じますが、万が一嘘が露呈してしまえば、結局叱責を受けてしまいます…。お前ではなく、どうか凪とお呼びくださいませ」
視線を向ける事なく瞼を閉ざし、そっと腕を引いて女の手から遠ざけると、必死に彼女が食い下がる。この機を逃してなるものかと嘆願の如く声を上げ、縋り付くような甘い声を発した。そうして、自らの名を名乗り更にすり寄ろうとした刹那、光秀がほんの僅かに双眸を瞠り、初めて顔を女へ向ける。
(………おや?)
それまで延々と興味を示していなかった光秀の反応を間近で見やり、光忠は面白そうに眉を軽く持ち上げた。女へ向き直り、この部屋へ彼女が至ってからまともな反応を見せたのはそれが初めての事であり、光忠の菫色の眼が興味深そうに眇められる。
一方、自らの名を凪と名乗った女を前に、光秀は彼女を真っ直ぐに捉えた。艷やかな黒髪は長さこそ光秀の知る凪と同じくらいだが、当然の如く面立ちはまったく異なる。
妖艶な唇が男を誘うよう、無防備に薄く開かれた。肉感的な身体を寄せ、腕へ縋ろうと近付いた彼女が何かを発するよりも早く、光秀は真摯な眼差しで相手を射抜く。
「すまないが、俺はその名をお前に向けて呼ぶ事は出来ない」
「な、何故…!?」
触れられてすらいないというのに、息を止めてしまいそうな威圧感を覚えて女は身を強張らせた。びくりと小さく震えて制止された彼女の目を見つめ、光秀ははっきりと告げる。
「他に呼ぶべきものが居る。お前も、己が呼ばれたいと思える相手を見つけるといい」
