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❁✿✾ 落 花 流 水 ✾✿❁︎/イケメン戦国

第15章 躓く石も縁の端



普通の男ならば喜んで飛び付く肉感的な身体の持ち主は、立場が上であると見て取った上で、手慣れた様子で光秀の傍へ寄ろうとした。

「女、それ以上この御方のお傍へ寄らぬ方が良い」

光秀の間合いへあと一歩、といったところで不意に光忠が笑いを含めて短く告げる。思わず歩みを止めた女が僅かに目を瞠る。

「……何故でございましょう?」

己の美貌と肉体に絶対的な自信を持っている女は、これまで数多の男を文字通り骨抜きにして来たのだろう。そういった事を生業として来た事もあり、自尊心を少なからず刺激され、彼女はつい問いを紡いだ。

「言葉通りの意味だが…まあ忠告はした。後は好きにすると良い」
「……では、私にも一献、注がせていただいても?」
「結構だ」

言うだけの事は言ったとばかりに、光忠はそれ以上何も言わない。自らの色香に惑わされぬ男などこの世におるまいと自負する彼女は、懐に入り込めさえすれば陥落させられると自信を抱いていた。光秀の傍に置かれた盃の中身が少し減っているのを視界に捉え、甘く誘うような声色でねだるよう告げれば、その瞬間ぴしゃりとにべもなく言い切られる。

「……手厳しい事で」
「だが女、お前も仕事ひとつすら出来ないとなれば主人の叱責を受けるだろう。酌はお前が受けろ、光忠」
「主を差し置き、恐れ多い」
「その主からの命だと思えばいい」
「なるほど、それは致し方ございません」

ほとんど予想された展開であったのか、光忠は盃の中の酒を一気に呷ると女へ無造作に空のそれを差し出した。
彼女はいまだ光秀にすっぱりきっぱり断られた事を引きずる節を匂わせていたが、男の言う通り、酌一つ出来ずにおめおめと戻るわけにもいかない。引きつりそうな口元へ愛想の良い笑みを浮かべ、徳利を傾けた。

満たされた盃を口へ運ぶ光忠の姿は行灯の灯りに照らされ、えも言われぬ美しさと妖艶さを感じさせる。盃を傾ける際に伏せた長い睫毛が色素の薄い肌へ影を落とし揺れる様、灰色がかった長めの前髪が揺れる様ですら目を離せない不可思議な魅力があった。

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