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❁✿✾ 落 花 流 水 ✾✿❁︎/イケメン戦国

第15章 躓く石も縁の端



内側の漆だけがしっかりと塗られているその盃はしかし、光秀に似通った美しい面の男が持つには、随分と不釣り合いなものである。

「……まだその盃を使っていたのか」
「私の盃はこれひとつにございます」

呆れとも感心ともつかない調子で光秀がそっと苦笑した。けれども光忠ははっきり言い切った後、微かに口元を綻ばせる。
徳利を傾け、古ぼけた盃を酒で満たせば、頭を下げた光忠が両手で優雅にそれを飲み干した。空になったそこへ再度酒を注ぎ、光秀が徳利を置いた事を合図として光忠も同じように盃を傍へ置いたと同時、家臣は流れるような所作で腰に差した脇差へ手をかける。

「待て」

光忠の様子を前に、光秀は低く静かな制止を紡いだ。

「失礼致します」

閉め切られた襖の向こうで、しとやかな女の声がする。静かに開けられたそこには、廊下で正座したまま頭を深々と下げた女の姿があった。緩慢に顔を上げた女は香油を塗った艷やかな髪を背に流し、朱色の薄い襦袢をまとっただけの姿であり、わざと衿の合わせを緩くしている所為で豊満な胸元の谷間がほんのりと見える。
果たしてどのような目的でこの母屋へ訪れたのか、その理由などわざわざ確認せずとも良いような出で立ちに、光秀は内心吐息を漏らした。

(やれやれ…妙な気を回されたものだ)

「…おや、これはどちらへ遣わされたものでしょうか」

女の姿を視界へ捉え、そっと脇差から片手を外した光忠が面白そうに双眸を眇める。手慣れた所作で襖を閉めた女は居住まいを正すと真っ赤な紅を引いた唇へ誘うような笑みを乗せた。

「貴方様方のお望みのままに。お一方でも…勿論お二方でも」
「それはそれは。これは相当手管に自信有りとお見受けする。いかがいたしましょう?光秀様」
「……お前は本当に良い性格をしている」

光忠の物言いを良い方へと受け取ったのだろう。女がゆっくりと立ち上がり、二人の方へ近付いて来る。
冗談半分の従兄弟の物言いへ呆れを滲ませ、瞼を伏せた光秀は吐息混じりに吐き捨てると、特に女へ一瞥もくれる事なく盃へ手を伸ばした。
室内へ灯された行灯の橙色の光が揺らめく中、ぼんやり浮かび上がる女の姿は確かに一般的に見れば美しい部類に入るだろう。

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