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❁✿✾ 落 花 流 水 ✾✿❁︎/イケメン戦国

第15章 躓く石も縁の端



身体を案じてのお小言だが、それがあまり通じない事も長い付き合いである光忠には分かっている。片膝を立てたままで座る光秀は簡易的な夜着に着替えてこそいるが、下手をすればこのまま朝まで起き続けるなと見当をつけた従兄弟は、膳に並ぶ食事へ手をつけながら吐息を漏らした。

「困った御方だ。腹に物を入れぬ内に酒を召し上がるのもどうかとは思いますが、いかが致しますか?ただし、薬酒ではありますが」
「……ぬかりのない事だ。そこだけは、あの娘と気が合いそうだな」
「それは光栄の至り」

軽く膳へ手を付けた後、すべてを完食する前に箸を置いた光忠は手がつけられる気配がないだろうと光秀の分も含め膳を二つともに大部屋へ運んだ後、隣室へ向かって再び光秀の部屋へ戻る。
その手には徳利と盃がひとつ持たれており、襖を閉めて光秀が居る縁側へ向かえば、光忠も正座をして盃を主へ差し出す。

「加賀の菊酒(きくざけ)でございます。どうぞ一献」
「ああ」

光忠から受け取った盃を手に取り、光秀は徳利を傾けられて満たされていく様へ視線を向けた。盃の中で静かに揺れる酒は香りが良く、濁り酒よりも色合いが透明である。それをくい、と一気に呷ると鼻から抜けて行く上品な香りが舌のみではない箇所を楽しませた。次いで注がれたもう一杯へは軽く嘗めるのみにし、一度盃を置く。

(さすがに伽羅とまではいかないが、凪が好みそうな香りだ)

鼻が利くといった事から、凪は芳しく香り高いものを好む傾向にある。今のところ一番の好みは信長の伽羅香のようだが、この菊酒は鼻と舌を楽しませるといった点に加え、菊を漬け込んだ薬効も相まって凪がいかにも興味を示しそうな一品だ。

(何かを口にし、その場に居ない誰かを思う事など、俺にはついぞ縁のない事だと思っていたが)

現に今、光秀は凪の事を思い出している。香りを嗅いで嬉しそうにする姿が容易に想像出来てしまう事実へ内心で苦笑すると、彼は光忠から徳利を受け取り、返盃を受けるよう無言の内に促した。
光忠は主君の意を察し、瞼を伏せると軽く頭を下げてから着物の袂(たもと)を探る。そうしてそこから古ぼけ、ところどころ漆が剥がれた盃を取り出し、両手で差し出した。

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