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❁✿✾ 落 花 流 水 ✾✿❁︎/イケメン戦国

第15章 躓く石も縁の端



(小国中すべてを回ったわけではないが、安土方面から訪れるとなればおそらくこの辺り一帯の山だろう。他方面へ回らせた部下の報告も待たなければならないが、この場所を覚えておくに越した事はない)

現代のように自由に縮尺が変更出来る訳では当然ない為、用意した尺度の地図では明確な場所を記す事は出来なかった。故に、刻むのは己の記憶一つであり、先程留まっていた場所からここまでの道のりを改めて思い返した光秀がやがて身を翻すと、九兵衛に預けた馬の手綱を取る。

「これ以上天候が荒れて悪路となれば厄介だ。一度宿へ引き上げるとしよう」
「はっ」
「かしこまりました」

光秀の号令を受け、それぞれ了承の意を示した家臣二人は騎乗した主君に続き、馬を走らせた。廃寺を後にする間際、光忠はおもむろに背後を振り返って佇むそれを見つめる。探るような眼差しを眇めた後で、雨に濡れしっとりとした長い髪を揺らし、光秀達の後へ続いたのだった。



一夜の宿を借り受けた麓の町の一角、小さな商家の母屋は大部屋に加え、個室が二部屋程の造りとなっている。
商家の家族が本邸に住んでおり、その者達へ厳重な口止めをした後、九兵衛が厨を借りて作った料理の膳を部屋へ運び、連れ立ってやって来た九兵衛を含めた家臣は大部屋へ、光秀と光忠はそれぞれ個室を使用する形で分かれたのだった。

山へ視察に出ている間に降って来た雨は夜にはすっかり上がり、穏やかな風を室内へと運んで来ている。母屋の外は大きな竹の囲いが組まれ、その中はこじんまりとしながらも趣のある庭が広がっていた。雨が降った事や山に囲まれた地形という事もあり、障子を閉め切ってしまうとさすがに蒸し暑く、縁側へ面した障子をすべて開け放った状態で柱に背を預けていた光秀を一瞥した後で、光忠は手のつけられていない膳へ視線を向ける。

限られた材料での食事であるが、九兵衛が趣向を凝らして作った料理は家臣達の中でも評判が良い。俺に構わず食え、と言ったきり縁側で外を眺める主君にそっと吐息を漏らし、光忠は箸を手にした。

「相変わらず、ご自身の事には無頓着でいらっしゃる。食える時に食っておけと仰ったのは貴方様でしょうに」

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