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❁✿✾ 落 花 流 水 ✾✿❁︎/イケメン戦国

第15章 躓く石も縁の端



まったく、この従兄弟殿は主君の前で一体何を言っているのか。生来の生真面目な気質から九兵衛が呆れ調子で男の名をたしなめるよう口にすれば、彼は悪びれた様もなく肩を竦めた。
家臣達のやり取りを片隅に捉えつつ、光秀は頬を滑る細やかな雫を片手の甲で軽く拭う。鈍色の雲は果たしてどこまで続いているのか。安土まで覆い尽くしていない事を心の片隅で思い、頬を拭った片手を払った。

程なく進むとやがて目の前が大きく開けた。道の終わりを示すよう、馬の歩みを緩めた光忠が手綱を引けば、続いていた二人もそこで立ち止まる形となる。馬上で振り返り、結い上げた薄く灰色がかった髪を揺らした光忠は、光秀の視界を遮らぬよう軽く馬を横へ移動させ、告げた。

「ご所望の、廃寺でございます」

光忠が案内したのは、山の中に存在する廃寺である。打ち捨てられてからあまり日が経っていないだろうそこは、老朽化こそそれなりに進んでいるが、支柱がしっかりしている事もあって容易に崩れる様子はない。
こじんまりとした佇まいであり、質素で控えめな印象を与えるそれを見つめ、光秀は馬を下りる。それを目にした九兵衛も馬上から降り立ち、光秀と自らが乗っていた馬の手綱を握って控えた。

「しかし光秀様、何故廃寺などをお探しで?この規模では戦の拠点とも成り得ませぬが」
「深い意味はない。戦場となる可能性の地形に関して、くまなく見知っておきたいと考えての事だ」
「…………なるほど?」

怪訝な様で片手を顎へあてがうと、光忠は探りを入れるのを隠しもせずに問いかけた。幾つもの細い雨が地面を打つ中、湿気が立って薄ぼんやりとした霧の中にそびえる廃寺を眺めつつ、光秀が淡々と紡ぐ。納得したのかしていないのか、たっぷり間を置いた後で相槌を打った従兄弟に対し、光秀はそれ以上余計な事は告げなかった。

────雨の中で私が走ってて…何処かの森のお寺で人と会ってました。

先日、凪が口にしていた事を思い出す。
寺など探せば何処にでもある、と考えてはいたが、直近で関わりがありそうな場所は確実に現在視察へ訪れているこの小国だ。安土近辺──少なくとも凪の足で向かえそうな場所にある寺はいずれも把握済みであり、安土で事が起こったのなら対処も可能だろうが、他国はそう容易ではない。

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