第15章 躓く石も縁の端
(凪様と光忠殿がお会いしたら、それはそれで大変そうですね…)
主君とその従兄弟の会話を耳にしつつ、九兵衛は内心で苦笑を更に深めた。いかんせん、光忠は光秀を更に悪い方向で尖らせ、捻くれ具合を加えたような人物なので、凪との相性や性格を思うと、丁度良いからかい対象になるだろうとは容易に予測が出来る。
九兵衛の心配を他所に、戯れのような言葉を幾つか交わした後、光秀は並走する光忠へ視線だけを流して確認するように問いかけた。
「……光忠、俺が事前に伝えていたものは確認が取れたか」
「ああ…例の件ですか」
何処となく真摯な調子を声色へ滲ませた光秀へ顔を向け、男は僅かに気の無い様子で相槌を打ったが、やがて微かに口元を笑ませる。男が浮かべた表情で内容を悟った光秀は双眸を油断なく眇め、低く発した。
「雨に降られる前に向かうとしよう」
「御意に」
長い睫毛をゆるりと伏せ、短く了承の意を示した光忠は主君と九兵衛を先導するよう手綱を引く。微かにいなないた馬の一声を合図に、それまで穏やかな歩みであった馬が駆け足となった。光秀と九兵衛はそれに倣い、続いて手綱を捌くと光忠の後を追って行く。
土を踏み締める蹄の鈍い音を響かせ、馬一頭程度が通れる細い道を進んで行くと、中腹辺りから突然道が開け始めた。
右へ左へと道に沿って蛇行していく様を進みつつ、光秀は不意に空へ視線を投げる。その瞬間、ぽつりと小さな雫が頬へ落下し、しとしとと控えめな雨が細い線のように空から降り注がれ始めた。
「ああ、やはり降って来てしまいましたね」
「雨に濡れるもまた一興。なに、暖を取りたくば、女の一人でも買えばよろしい。さすれば褥も容易に暖められましょう」
「……光忠殿」
九兵衛も光秀と同じように空を見上げながら、主君が雨に濡れる事を案じて呟きを落とす。先行しているにも関わらず、それを耳聡く聞きつけた光忠がちらりと視線を一度空へ投げ、すぐに正面へ向き直った後、本気とも冗談ともつかぬ様子で笑いを零した。