第15章 躓く石も縁の端
「うん、やってみたい…!元々薬草は好きだし、好きな事だけは覚えるの得意だから」
一縷の望みをかけて、といった様子で意気込む凪を前に、家康は頷こうとして、一度それを踏みとどまった。
薬師───否、調薬師として凪が実力を身に付ければ、時折城下などで広がる流行り病や、それ以外にも様々な件に対応が出来る。元々腕の良い薬師自体、数が限られている事もあり、一日に診察出来る人数も限られてしまっている状況だ。
信長のはからいで安土城下や近隣の農村の者は、城で抱えている薬師達の診察を受ける事が出来、その噂を聞きつけて領民達が安土を訪れるのも珍しい事ではない。家康にしてみれば本人のやる気もあり、名案だとは思うがいかんせん、その決定権は補佐たる家康にはないのだ。
「ただ、本格的に薬学を学びたいなら、まずは光秀さんの許可が必要だ。あんたに関してはあの人が監督役になってるし、本格的な話はそれからだね」
「そっか…そうだよね。じゃあ、帰って来たら訊いてみる。あと、もしちゃんと許可を貰えたら教えて欲しい事が他にもあって…」
「なに」
信長から正式に凪の身について一任されているのは光秀であり、その許可を得ない限り、勝手な行動は出来ないという意見はもっともである。家康の言葉へ頷き、遠出から戻って来た折に確認してみようと思い至った後、もうひとつ気にかかっていた事を思い出し、家康へ遠慮がちに視線を送る。
「実はその金瘡医とまでは行かないんだけど、最低限の治療とかそういう手伝いが出来るようになりたいな、と思って」
脳裏を過ぎったのは、摂津の森で光秀が自分を庇い、怪我を負った時の事だ。あの時、自分の無知で手当てが出来なかった事を凪は密かに悔いていた。またしても同じような状況に陥らせたい、といった意味では当然なく、何かがあった時、せめて応急処置であっても適切に出来るようになりたいと密かに思っていたのである。幸運にも巡って来た調薬師の件と合わせて、出来る事ならそういった分野も学びたい。