第15章 躓く石も縁の端
凪の言葉を耳にし、家康は思案を巡らせた。
いずれにせよ光秀の許可を得る事は必須だが、応急処置などの知識や技術は持っていて損はない。
(それに凪は信長様の気に入りだ。あの方の事だし、戦場へ連れて行くと言い出す可能性は十分考えられる)
凪は信長の言う、験担ぎの女である。応急処置などの手立てを覚える事は、凪の身を救う事にも繋がるのだ。
「……いいよ。許可が下りたら、それも一緒に教えてあげる。ただし、やるからには徹底的にやるから、そのつもりでいて」
「…!ありがとう家康さん!」
「まだ教えるって決まったわけじゃないでしょ」
「それでも、私一人だったらそこまで頭回らなかったし、真剣に話だって聞いてくれたし…だから、ありがとう」
ふわりと嬉しそうに笑った凪の眸が柔らかく眇められる。大きな猫目がきゅ、と軽く細まる様は愛らしく、妙な庇護欲を掻き立てられた。真っ直ぐに向けられる感謝の意を受け、家康は顔を逸らし、瞼を伏せる。言いようのない感情はおそらく、慣れない純粋な謝意の所為だと理由を付けて、密やかな溜息を漏らしたのだった。
───────────…
安土を発って三刻半程、既に日は中天を差しており、昼餉の刻限だと人々が一度骨を休める頃。
九兵衛他、数人の部下を連れて馬を走らせていた光秀は現在、安土の隣国である傘下の国へ視察に訪れていた。無論、使者を立てて伺うようなものではなく、完全に非公認での視察である。
肥沃(ひよく)な大地とは言い難い小国は、目立った特産品がなく、強いて言えば染色業が一部で盛んだと言われた、比較的田舎の印象を受ける場所だ。
田畑の開墾を進めていないのか、あるべき自然の姿を保っているというべきか、森や山が多く、人口もそこまで多くはない小国の利点といえば、全体的に見て死角の多い地形、という事である。それがあまり力を持たないこの小国を、他国から守って来た最大の理由といえよう。
「…やはり思った通り、見通しが悪いですね。先に有利な場所へ布陣を敷いたものが勝算を掴むと言っても過言ではありません」