第15章 躓く石も縁の端
迎えに来られる前に外してしまえばいいか、と安易に考えた彼女は家康に頼み込む形で、宴の場で話題に上がった調薬を見学させて貰う事になった。
織田軍には薬師(くすし)と金瘡医(きんそうい)と呼ばれるもの達が所属している。薬師は漢方等を元にした医術や処方を行う者の事であり、金瘡医は刀傷や矢、銃で負った傷などの処置を行ういわゆる外傷的な傷を治療する外科医に近い。
金瘡医達は医療部隊と共に後方に詰め、怪我人の治療の為に従軍する事が多く、薬師はお抱えの者であれば大名等の傍に控え、戦へ赴く事は少ないらしい。
本当に物を知らないんだね、あんた。と軽い毒舌を貰いながら家康にその辺りを教えてもらった凪は、自分に出来る仕事について考えを巡らせていた。
さすがに金瘡医のような真似をするのはスキルも知識も足りないだろう。しかし、昨今は戦が激化するに伴い、戦術の幅も多様に広がって来ている為、金瘡医やそれを補佐する医療兵だけでなく、薬師の同行が必要なのではないかといった意見も出て来ていると家康が言っていた事を思い起こした。
乱世において薬師は即ち医師と同義であり、やはり医者として患者を診察するスキルを持っていない為、調薬を覚えるだけでは足りないだろうと悩む凪を見て家康は素っ気なく、しかし助け舟を出すかのように言ってのけた。
「医者の診断を受けて、それに応じた調薬をすればいいんじゃない?」
つまり、現代で言う薬剤師的な立場になれば良いのでは、という事であった。診察は出来ないが、診察結果を持って来た相手に適した薬効の薬を渡せば、医師が実際に調薬する時間を軽減出来、診察も滞りなく進むのでは、といった意見である。
様々な薬草の薬効、組み合わせ、効能や飲み合わせなどを覚える必要があるが、そもそも凪の知識はその辺の妙な藪医者よりはあると家康は踏んでいた。
正直、織田家ゆかりの姫といった立場にある凪が働く必要性を見いだせない家康だったが、怠慢な奴よりは勤勉な人間を好む事もあり、働く意思を持っている凪には密かに共感と感心を抱いたのも事実である。