第15章 躓く石も縁の端
暖かな湯の温度が表面を暖めると同時、細やかな泡が手の中で受け取りきれなかった分、さらりと零れ、桶の中へ微かな水音を立てて落下する。ぬめつく訳ではなく、凪の言う通り見た目に反してさらりとした手触りのそれは温度の所為もあって心地よい。
親指と人差し指を軽くこすり合わせて感触を確かめつつ、家康は驚いたように翡翠の眼を瞠った。
「ね、結構気持ち良くないですか?」
「まあ、そうかもね」
関心がある様をあまり表に出したくなくて、やはり素っ気ない反応を見せたにも関わらず、凪は何処か嬉しそうだった。女中が用意した手拭いを一枚家康へ差し出す。
渡された手拭いを受け取り、それで手を拭きながら家康はふと思い至った様子で凪を見た。どのようなつもりで買ったのかは分からないが、少なくともここで使う事を想定していたわけではないだろう。行商人の前でだいぶ購入する個数を悩んでいた姿を思い起こし、怪訝なままで告げた。
「…あんた、ここで無患子使って良かったの?てっきり別のものに使いたくて買ったのかと思ったんだけど」
「え?うーん、別に特別予定はなかったですよ。記念に買いたかっただけです」
家康の問いかけを耳にし、凪は一瞬不思議そうに双眸を瞬かせて首を傾げた後、すぐに笑みを浮かべながら否定する。記念に無患子を買うという女もなかなか珍しいが、という突っ込みは後にして、家康は特に目的がなかった事へ微かに安堵し、そうして湧き上がった疑念を露わにした。
「じゃあ、なんでわざわざ…」
「だって家康さん、興味ありそうでしたし」
言葉の途中できっぱりと言い切られ、家康は視線を桶の中へ向けたまま眼を僅かに瞠る。小さな泡と湯がゆらゆらと桶の中で揺れ、細やかなそれ等がぱちぱちと音も立てずに泡を弾けさせていった。
「石鹸の代わりになるって言ったら、凄くびっくりしてたみたいだったし、もしかして見てみたいのかなって。違いました?」
あまり笑わない、愛想がない、何を考えているのか分からない。
そんな言葉なら幾つも貰って来たし、実際客観的に自分を見てもおそらく同じ感想を抱くだろう。