第15章 躓く石も縁の端
足については頑として譲らぬ姿勢の凪を前に、さすがに家康とてそこまで言われてしまえば、それ以上の言葉を紡ぐ事など出来はしない。
いまだじんわりと目元を赤らめたまま、思い切り顔を横へ逸らした彼は眉間に深々と皺を刻んだ状態で居心地悪そうに瞼を伏せる。
「……あっそ、じゃあ好きにしなよ」
「…うん、そうさせてください。…でも、そこまで気遣ってくれて、ありがとうございます」
「仕事だから」
足を洗う発言は驚いたものの、それも凪を案じてくれての事だ。言葉の端々から感じる責任感の強さや、仕事に対する姿勢はとても尊敬出来、自分の為という事も相まって、彼女は素直に礼を紡ぐ。(ちなみに光秀の事も当然尊敬しているが、彼は身体を気遣わなさ過ぎだと思っている)対する家康がきっぱり告げると、凪は僅かに口元を綻ばせた。何となく、それが家康の照れ隠しなのではないかと勘付いてしまった所為かもしれない。
「あ、そうだ!せっかくだし、さっきのやつ…」
取り敢えず顔を背けてくれている間に済ませてしまおうと思った凪だったが、家康の御殿に至る途中で思わず購入してしまったものの存在を思い出すと、振り返ってまとめた荷物の中、巾着に入れたままであった小さな身を二つ取り出し、再び桶へ向き直る。
まだ着物の裾を捲くっていない事を確認し、家康が背けていた顔を怪訝な様子で戻した。凪が手にしている無患子(むくろじ)の皮を剥く姿を見やり、つい視線が手元へ向けられた。
「……何やってるの、あんた」
「ふふ…、見てのお楽しみです」
訝しんだ面持ちのままであったが、知らない事への興味が尽きず、知識を吸収する事が好きな家康としては、当然凪の行動が気にかかる。ぶっきらぼうな物言いの中に、ほんのり興味の色が滲んだ事など本人は気付かないが、凪は悪戯っぽく笑い、敢えて言葉を濁した。
薄く色付いたふっくらと柔らかそうな唇が弧を描く様が視界に映り込み、家康はついそこから意識を逸らす。二つとも剥き終わり、まだ完全には真っ黒に色付いていない種を手拭いの上へころりと置くと、軽く袖を捲くった後で桶の中へ果皮を入れた。
「……袖、濡れるよ」
「片手で押さえてるから大丈夫です」
「はあ…」