第15章 躓く石も縁の端
「な、何で家康さんが一緒!?」
「四の五の言わず、取り敢えず中に入りなよ」
「え、あの!?」
片手に小さな箱を抱えた家康は問答無用とばかりに凪へ与えた客間へ押し入った。桶を抱えた女中も一礼して部屋に入り、真っ白で清潔な手拭い数枚と共に畳の上へそれ等を置き、何故かほんのり顔を赤らめながらごゆっくりお寛ぎください、とだけ告げて部屋をいそいそと去った。
(何事…!?)
お寛ぎくださいとは何なのか。疑問で目を白黒させている凪を他所に、家康は桶の傍で正座すると抱えていた箱を置く。そうしていまだ突っ立ったままの状態である凪へ振り返り、面倒臭そうに眉根を寄せた。
「いつまでそこに居るわけ?早くこっち座って。…足、痛いんでしょ」
「…どうして分かったんですか?」
「そんなの、歩き方見てたら分かる」
足の件を指摘され、心底驚いた様子で家康を見つめれば、彼は些か気まずさを見せつつ憮然と言い切る。最初の内、速度を気にせず歩いてしまった事へ負い目を感じているのだろう。寄せた眉根が、正式には凪自身に対する苛立ちでない事を感じ取り、彼女は申し訳無さそうに桶の傍へ腰を下ろした。
裸足のままであった足を出すと、桶へ入れる前にちら、と物言いたげな視線を向ける。
「なに、さっさと着物の裾まくって、桶に足入れて」
「ま、まさか家康さんが洗うつもり…!?」
「あんたがここに居る間、あんたに関する面倒は俺が見る。そう命令されてる以上、中途半端な事はしない」
「いや、そうではなく!さすがにそれは自分でします、家康さんに足洗わせるとか無いですし、着物だって結構捲らなきゃいけないんですよ…!?」
かの徳川家康に足を洗わせるとか難易度が高いにも程があるし、羞恥と申し訳無さで今後江戸の文字を見るだけで平伏しそうで恐ろしい。断固拒否の意を見せて首を振り、必死にまくし立てると、そこまで考え至っていなかったのか、敢えて言われると意識してしまったのか、家康はきょとんとした表情で凪を見つめ、やがて目元を真っ赤に染めた。
「は、はあ!?あんた何言ってんの!誰もそんな破廉恥な事しろとは言ってないでしょ…っ、何のための手拭いだと思ってるわけ。それで肌を隠せっていう意味で…っ」
「隠しても洗うのは自分でやります…!」