第15章 躓く石も縁の端
改めて謝罪を紡ごうとしたところで、正面を向いたままの家康が低くぽつりと呟きを落とす。
城下の賑やかな喧騒にかき消されてしまいそうなそれは、しかし確かに凪の鼓膜を震わせた。黒々とした眼を見開き、家康の横顔へ意識を向けると、ちらりとこちらへ向けられた翡翠の眸が気まずさを含んで揺れる。すぐに正面へ戻ってしまった眸を追った後で凪は緩く首を振った。
「いえ、私の方こそちゃんと声をかけなくて、すみませんでした…」
「…言えなかったんでしょ。俺も、もっと気を回すべきだった。……だから、ごめん」
決して強い力ではなかったが、掴まれた手首はほんのりと熱い。自分がついて来ていない事に気付き、慌てて戻って来てくれたのだろう、暑いのは嫌いと言っていた家康が体温を上げる程急いで戻って来てくれた事が申し訳なく、しかしほんのりと嬉しかった。軽く足を踏み出し、つきりと痛む片足の存在は否めなかったが、それでも凪は家康の隣へ並ぶ。
隣に居る相手へ顔を向け、まだ気まずさに揺れる顔を覗き込むと、微かに口元を綻ばせた。
「じゃあ、お互い様って事にしましょう。私もごめんなさい。今度からはちゃんと声、かけるようにしますね。心配かけちゃってすみません」
自分の顔を覗き込んで来た凪を前に、家康はちらりと視線を向ける。バツが悪いのは正直お互い様であり、凪も家康には申し訳ないと心の中で若干引きずってはいるのだ。僅かに下がった眉尻を見てそれを察した家康は、不意に湧き上がった苦々しい感情から目を逸らすよう瞼を伏せる。
「……別に、あんたの心配をした訳じゃない。俺は信長様から命じられた役目に責任を持てなかった事を謝ってるだけで、あんた個人の心配なんか」
「それでも、こんなに熱くなるくらい、心配して戻って来てくれたじゃないですか」
あくまで命令だから、と強調しようとして突き放す意図で言葉を発するも、それは先程から掴んだままであった細い手首が否定した。一方的に握っている凪の手首は思った以上に細く華奢であり、少し力を込めれば簡単に痛める事が出来るのではないかと思ってしまう程である。