第15章 躓く石も縁の端
弾かれた様子で青年から顔を逸らした凪は、人混みの中からこちらへ向かってくる家康の姿を捉えると双眸を瞠る。
無表情か呆れを滲ませた面持ち以外見た事のなかった家康が、見るからに焦燥を帯びた様で駆け寄って来るのを見て、彼女はそっと息を呑んだ。
「急に居なくなったと思ったら、何やってるのあんた…っ。はぐれそうになったら声くらいかけなよ」
微かな怒気を声色の中に含ませた家康が凪を見やり、彼女の様子に異変がない事を即座に確かめる。そうして傍に居る青年へ油断のない視線を向けた。
「ごめ…っ」
「お嬢さんをどうか責めないであげてください。私が転んでしまって、それに彼女を巻き込んでしまったのです。散らばった荷物も集める事まで手伝っていただいてしまって…結果的にお引き止めする形となり、申し訳ありませんでした」
明らかに怒っている家康につい気圧され、意図的ではないとは言えど迷子になってしまった事もあり、反射的に謝罪を紡ぎかけた凪のそれを、青年が穏やかに遮る。
家康から探るような視線を受けながら、物怖じせずに言い切って頭を下げると、青年は荷物を抱えて立ち上がった。
次いでいまだ両膝をついたままであった凪へ手を差し出そうとするも、一歩近付いた家康が彼女の右手を取って立ち上がらせる。
「……そう、こっちこそ俺の連れが迷惑をかけたね」
「家康さん、あの」
「じゃあ、俺達はこれで」
抑揚のない調子で告げると、家康は凪の手首を掴んだままで歩き出した。家康の後に続きながら背後を振り返り、こちらを見送っているような様の青年へ会釈してみせた彼女は、今度こそ正面へ向き直る。残された青年はしばらく人混みに消えて行く二人の姿を見つめた後、荷物を持って緩やかな足取りのまま歩き出したのだった。
はからずしも家康と手を───否、手首を繋がれた状態で半歩後ろを歩いていた凪はそっと窺うように彼を見上げる。
斜め後ろから窺える家康の表情はいまいち読み取れず、真っ直ぐに正面を向いた翡翠の眸がこちらへ向けられない事実に、いまだ怒っている可能性を過ぎらせて口を開いた。
「家康さん、その…はぐれちゃってすみませ…────」
「────…ごめん」