第15章 躓く石も縁の端
「何ともないので平気です。それより、荷物拾わないとですね」
「あ…ああ、すみません…!」
風呂敷から零れた荷物へ意識を向ければ、青年は我に返った様子で散らばったものへ手を伸ばす。先程まで血色の悪かった顔がほんのり紅く染まっているのを目にし、凪は体調が戻ったのかなと内心で安堵した。
ぶつかって来た青年は穏やかな面立ちをしていて、なかなか整った容姿をしている。右目の下にある泣きぼくろが彼の面立ちをいっそう甘く見せており、歳の頃は光秀と同じくらいか、あるいは少し下といったところだろうか。
淡い灰色の着流しに黒の羽織りをまとった姿は、町人達よりも幾分身なりが良いように見えた。
(……あれ)
その際、ふわりと嗅いだ事のない香りが鼻腔をくすぐり、凪は内心で双眸を瞬かせる。覚えはないが、とても甘く芳しい、けれど主張し過ぎない香りに目を瞬かせていた彼女だったが、すぐに意識を切り替えて荷物を拾い始めた。
丸い形をした漆塗りの黒が際立つ、手のひらに収まるそれは小さな重箱にも似ていて、数個手に取り、青年へ渡す。
同じようなものが幾つも入っていたらしく、数をざっと数えた青年は、すべて揃っている事を確認した後、風呂敷をしっかりと結び直した。
「手伝っていただいて本当にすみません、お嬢さん。何処かへお急ぎだったのでは…?」
「あ、いえ…大丈夫です。それより、調子が良くないなら休憩しながら歩いた方がいいですよ。ちゃんと途中でお水とかも飲んでくださいね」
「…優しいのですね、ご心配いただき恐縮です。……あの、お嬢さんは─────」
荷をまとめた青年が改めて礼を紡ぐ。問いかけへ正直に答える事は何となく罪悪感を覚えさせてしまうかと思い、濁す事にした。倒れ込んで来た時の様子を見る限り、貧血か何かの類いだろうと見当をつけて告げると、青年は一度驚いた様子で目を見開き、やがてはにかんだように笑う。
気恥ずかしそうな雰囲気を滲ませて視線を地面へ投げた後、意を決した様子で顔を上げると同時、鋭い声が二人の間を割り入った。
「─────…凪!」