第15章 躓く石も縁の端
それだけあっても仕方ないだろうし、欲しいなら、買ってあげる。
喉奥まで何故かせり上がりかけた言葉を呑み込んだ所為で、胸の奥底へ小さな違和感が残り、それをかき消すよう家康は足を速めた。
(……ついつい無患子につられて勝手に寄り道しちゃったから、家康さんの事怒らせちゃったなー…気になるもの見つけたら周り関係なくなる癖、ほんといい加減直さなきゃ)
一方、先をすたすたと歩いて行く家康の背を見つめ、足早な彼に置いて行かれぬよう必死に足を動かしていた凪は、果たして何と謝ろうかと思考を巡らせていた。
一応先程も謝りはしたし、家康自身も別に気にしていないと言っていたのだが、もう少し誠意を見せた方が良かっただろうかと考えつつ、凪は内心で困ったように眉尻を下げる。
勝手に薬草仲間だという意識を持ってはいたが、光秀のように四六時中共にいるわけでもない家康との距離感を、凪はまだ測りかねていた。
歳は近いだろうと勝手に幾分フランクな調子で接してしまったが、彼とまともに話すのは今日で二度目である。加えて人の多い往来をこうして足早に進む事など初めてで、光秀がいかに普段凪へ歩調を合わせてくれていたかが実感出来た。
「あの…、」
小さく声をかけたところで、咄嗟に凪は言葉を呑み込む。先程寄り道してしまった事で時間を奪ってしまった為、もう少しゆっくり歩いて欲しい、と安易に口にするのが憚られてしまったのだ。
(…光秀さん相手に、そんなの言った事無かったしな)
辛うじて光秀の御殿と安土城までの道のりは数度往復している事もあり、それだけはしっかり記憶しているが、当然家康の御殿の場所など知る筈がない。
ここではぐれては更なる迷惑をかけてしまうと考えた凪が足を速めた瞬間、つきりとした微かな痛みが片足に走り、声に出さずとも動きが僅かに鈍った。
(もう!また…!!)
右足の鼻緒が引っ掛かる親指と人差し指の間に走った痛みには覚えがある。摂津で走り回った際に出来た傷はすっかり塞がっていたが、どうやら癖でも付いてしまったのか、同じ箇所が右側だけ痛んだ事へ内心憤慨した。