第15章 躓く石も縁の端
片手を伸ばし、少し寝乱れていた凪の黒髪を指先で優しく梳く。むっと眉根を寄せた凪を見た光秀は微かに口角を持ち上げ、寄せられた眉間を宥めるよう、髪を梳いていた指をそのまま移動させてそこを撫ぜた。
「お前は何せ向こう見ずな娘だからな。家康に迷惑をかけないよう、気を付ける事だ」
「そんな事しません。というか、行くなら昨日の内に教えてくれれば良かったのに」
「本当は朝も顔を合わせず、家臣に言伝を残して発つつもりだったが…お前が随分と可愛い声で俺を呼んだ所為で、つい顔を出してしまった」
光秀が口にした事は真実だ。だが、あんな声で心細く呼ばれてしまっては無碍になど出来る筈もない。双眸を意地悪く眇め、眉間を撫でていた指先を下ろしてつん、と柔らかい下唇へ触れつつ囁やけば、彼女はじわじわと顔を紅く染め、唇に触れている男の手を押しやる形で遠ざける。
「そ、そんな風に呼んでませんから…!ただ私は隣に居なかったから、寝てないのかなとか…そう思っただけで…!」
「ほう……?」
言いながら、自分の言い分も何だか聞きようによっては凄く意味深に思えてしまい、自分自身で自爆する形になると彼女の語尾は次第に小さくなっていった。目元を赤らめた様を見やり、光秀はそっと笑みを深める。
「家主の身体をそこまで気遣ってくれるとは、健気な事だ」
「変な意味はないですから…!普通に、至って普通に家主兼護衛の心配をしてるだけで…っ」
「わかった。まあそう朝からむきになるな」
「光秀さんが変な事言うからですよ…」
必死に言い募る凪の様を見てつい、くつくつと喉奥で低く笑いを溢した光秀は一度押しやられた片手で再び宥めるように頭を撫ぜた。明らかに不機嫌そうになって眉根を寄せた彼女が文句を言う様を見つめ、やがて切り替えるよう光秀は一度頭から手を外す。
「お前の分の支度は既に済ませている。家康の御殿に荷が届けられている筈だ。それ以外は必要なものだけ持っていけ」
「分かりました。そろそろ行くんですよね?私、門までお見送りしますよ」
「……いや」