第15章 躓く石も縁の端
褥の上で上半身を起こし、完全に覚醒し切らぬ様の凪へ僅かに口元を緩め、手に持った自らの羽織を彼女の肩へかけた。
「あれ、もう起きてたんですか?今日はなんだか早いですね。……もしかして、また寝てない、とか?」
光秀が【家賃】として凪の傍で添い寝した時、彼女は既に深く寝入っていた為、気付いていなかったのだろう。軽く目をこすりながら視界を鮮明にしようとする凪の怪訝な声へ吐息だけで笑い、こする彼女の手を掴んでやんわりそれを外させた。
「それはお前の杞憂に過ぎない。しっかり【家賃】は貰った」
「……う、何かその言い方、嫌なんですけど」
「添い寝は【家賃】だろう?」
「まあ…間違いではないです…」
掴んだ彼女の片手、それを自らの口元へ引き寄せて小指の付け根へ唇を寄せる。その場所は【家賃】ひとつめを定めた時に契約の証として光秀が紅い記をつけた場所だ。その痕はもう薄っすらとしか残っていないが、男の行動で何を意図しているのかは十分理解出来る。
さり気なく光秀から腕を取り返し、自分の方へ引き戻した凪が複雑そうに告げた後、おもむろに光秀の姿を映した。
いつもの真白な着物と袴姿の彼を前にすると不思議そうに首を傾げる。
「何処かへお出かけですか?」
「ああ、少しの間留守にする。然程遠方ではないが、今日中に戻れる可能性は低いだろう」
光秀の言い分では、日帰りは難しいという事なのだろう。納得した様子でひとつ頷いた凪は確認するよう相手を見上げた。
「じゃあ今日は御殿で家臣さん達とお留守番ですね」
「…いや、お前は俺が戻るまでの間、家康へ預ける事になっている」
「そういえば、護衛の補佐になったって言ってましたっけ」
てっきり御殿で家臣達と共に大人しくしていろ、と言われると思っていたが、そうではないらしい。先日開かれた仕切り直しの宴の際、隣席になった家康が護衛補佐になったと言っていた事を思い出した。
「ああ、明日中には戻れる算段だ。俺が迎えに行くまで、家康の元で良い子で待っていろ」
「もう、子供じゃないんですから」