第14章 紫電一閃
さらりと告げられた義元の言葉に、佐助は内心で心臓を跳ねさせる。最近安土城にやって来た姫と言われれば、心当たりは当然一人しか居ない。
同じ現代人仲間である彼女の姿を脳裏で思い起こし、極力不自然にならないよう、当たり障りのない相槌を打った。こんな時程表情筋が仕事をしなくて良かったと思わざるを得ない。やはり、忍者は天職かもしれないなと考えつつ、佐助は義元の様子を静かに探った。
義元の性格から考えて、凪へ悪い意味で───戦に巻き込むような形で手を出す可能性は考えられない。
しかしながら、元々彼は思考を読み難い類いの人間であった。故に、自然な風を装いながら佐助は隣に並ぶ彼へ問いかける。
「ですが、どうして急にそんな事を?」
「ああ…別に変な意味じゃないんだ。随分と優秀で抜け目の無さそうな護衛が着いていたみたいだし、それなら安心だなって思っただけだよ」
「……そう、ですか。ですが義元さん、その言い方だとまるで…─────」
特に深い意味などないとばかりに笑った義元へ、佐助は心の中に燻った動揺を表へ出さぬよう、確信へ迫る調子で言葉を紡ぎかけた。しかしその瞬間、人混みの中を縫って歩く小さな少年が、両手に桶を抱えたまま慎重に歩いているのを視界へ捉える。桶へ意識を向けている所為か、歩みこそ注意を払っているように見えて、その実あまり地面をよく見ていなかったらしい。
小さな小石に躓き、桶を庇うようにしながら少年の身体がぐらりと揺れた。
「危ない…────」
佐助が咄嗟に動こうとするより早く、義元がすれ違いざまに少年の身体を片手で優しく支える。
ぐらついた身体へ手を添えられた少年は、桶の中のものを地面に落とす事なく体勢を整え直した。転んでしまうかもしれないと身を強張らせていた少年が手にしていた桶の中身へ視線を向け、その中に四尾の大きな川魚が揺れているのを見やり、義元は扇子を口元にあてがったまま、双眸を柔らかく眇める。
「…あ、ありがとう…お兄ちゃん」
またしても失敗してしまうのではないかと怯えていた少年が桶の中の水の揺らぎが収まるのを確認してから、おずおずと顔を上げて礼を紡いだ。
支えてあげた片手を離し、そのまま流れるような所作で彼の頭をぽん、と優しく撫ぜた義元は柔らかな声色で囁きを落とす。
「……大きな魚、買えて良かったね」
「う、うん?」