第14章 紫電一閃
意味が通じているのかいないのか、一度きょとんとした様子で目を瞬かせた義元は口元を扇で隠しながら笑いを溢した。くすくすと溢れる上品な笑いを耳にしつつ、ようやく平静を取り戻した佐助が思い出したように口を開く。
「……ところで、例の件については、やはり安土は関係ないみたいですね。最初から可能性は薄いと俺も踏んでいましたが、謙信様や信玄様の予想は当たっていたようです」
人々の喧騒に溶けるよう、控えた声量で唇の動きを小さくしつつ告げた佐助の言葉を、義元は視線を動かしただけで察したらしく、一度瞼を伏せた。
ふわり、義元が扇を動かす度に上品で主張の強すぎない菊花香が空気へ滲む。
「…俺もそれとなく町人に話を聞いたよ。安土で最近軍を動かした形跡はない。近頃、越後近隣で起こっている諍いは極小のもので、謙信からしてみれば赤子の手を捻るよりも簡単な小規模戦ばかりだけど…少し頻発し過ぎているね」
「ええ、わざと国境に近い場所で仕掛けて来ている事も気になります。安土とは無関係な、別の勢力が動いていると見て間違いないでしょう。早くその相手を突き止めないと、気の短い謙信様が痺れを切らして直接織田軍に打って出かねません」
「別勢力はともかく、謙信は信長と戦いたがってるから、その可能性は否めないな。信玄に至ってはそれが目的のようなものだし」
小言で交わされる密やかな密談は、大胆にも安土の往来で行われていた。けれど、誰ひとりそれを気にかけるものは居ない。行き交う町人達は扇子を手にした優雅な男と、その付添人の風貌な男が普通の会話を交わしているようにしか見えていないのかもしれなかった。
それだけ違和感なく、自然と交わされる話の中で、ふと義元は思い出したようにああ、と声を上げる。
振り出しに戻りつつある調査へ吐息を漏らした後、義元の話へ耳を傾けた佐助が彼を見た瞬間、義元は何故か確信を得た雰囲気で正面を向いたまま緩慢に唇を動かした。
「最近、安土城に織田家ゆかりの姫君がやって来たらしい。まだ町人達はきちんと姿を見掛けた事がないみたいだけど、そんな姫君がまさか城下を一人で出歩く筈がないよね」
「……そうですね。姫君であれば護衛を連れていてもおかしくないと思います」
「うん」