第14章 紫電一閃
溢された音へ不思議そうな面持ちを浮かべながらも素直に頷いた。頭を下げて歩き出した少年の背を軽く見送った後、再び歩き出した義元の隣に佐助が並ぶ。
「義元さん…」
「もしかして、噂の安土の姫君は西陣織が好きなのかな。確かに綺麗な紺碧色だった。柄も申し分ないくらい美しかったし、なかなかいい趣味だね」
「……え?」
あまりに脈絡のない話を持ち出され、佐助が本日何度目になるか分からない驚きに目を瞠った。凪が西陣織が好きかどうかなど、そこまでの深い話をしていなかった佐助には当然分かるわけもなかったが、義元が何故そのような事を言いだしたのか、その理由には興味がある。答えてくれるかは五分五分といったところ、などと思いながら相変わらず機嫌の良さそうな義元へ視線を投げた。
「どうして急にそんな事を?その、安土の姫君と何かあったんですか?」
不思議そうな佐助をちらりと見やり、義元は吐息を零すように笑う。思い出すのは彼女が手にしていた巾着袋。女性にしては些か大きなそれは、紺碧色の西陣織で贅沢にも作られていた。西陣織であそこまで細やかな意匠は相当な高級品だろうし、町娘が持つにしても、あの反物を巾着にしようと考えるものはそう居ない。加えて、傍には織田軍の化け狐と呼ばれる明智光秀の姿。一介の町娘と片付けるには、凪は不審な点が多すぎる。
「……いや、何もないよ。一度宿に帰ろうか、佐助。信玄達に文をしたためないといけないみたいだ」
「…そうですね」
扇を一度ゆっくりと扇ぐ。緩やかな夕刻のぬるい風が男の髪を揺らした。真意の読めない義元を見つめ、佐助は切り替えるよう瞼を伏せると、日中に邂逅を果たした同じ故郷の友人を思い出す。
(……やっぱり、凪さんは色んな意味でこの乱世でも苦労しそうだな)
武将って手が早いの?と聞いて来た彼女へ内心苦笑を漏らしながら、佐助は悠然とした足取りの義元と並び歩き、二人揃って人混みの中へ姿を溶け込ませたのだった。