第14章 紫電一閃
「それにしても珍しいですね。義元さんが興味を持ったものを買って帰らないなんて」
隣に並んで歩きながら、佐助はいまだふわふわと扇子を扇いでいる義元へ視線だけを向けた。
夕刻の安土城下における往来は、天下人の膝下の名に相応しく、いまだ賑やかで人々の表情は明るい。しかし、その中でも大なり小なり、貧富の差が垣間見えるのはどの城下や町であっても変わらない。
人が多く行き交う往来では夕餉の支度の為の買い出しや、仕事を終えた者達が家路を急ぐ姿が多く見てとれた。
穏やかな人の営み、変わらぬ日常の中にこそ、ささやかな幸せがある事を知る義元としては、誰が治めるどんな土地であっても、それが安易に壊される事などあってはいけないと強く思う。当然、敵国であったとしても例外などないのだ。
「……うん、金では買えないものだったから」
「………え?」
声色だけにほんの僅かな驚きを含ませ、佐助は眼鏡の奥、切れ長の眼を微かに見開く。隣を穏やかな歩調で進む義元は、口元へ扇子をあてがい、柔らかく微笑んだ。
────さっきから武士武士って、そんな連呼する程偉いわけ?だったらふんぞり返るんじゃなく、相応の態度を取りなさいよ。
毅然と言い切った彼女の姿を思い出す。自分よりもがたいの良い、帯刀した男に立ち向かった彼女が言い切ったそれは、とても心地よい響きを帯びていて────したたかに義元の心を打った。
いつになく機嫌の良い義元の様子をしばらく物珍しそうに見ていた佐助は幾度か双眸を瞬かせた後、視線を正面へ戻す。
いつも物憂げで自分自身にすらあまり興味を抱いていない義元らしからぬ様はしかし、何処か佐助を安堵させた。
「……俺も洗濯、覚えようかな?」
「義元さんが…洗濯、ですか…?」
面倒を見る方ではなく、もっぱら見られる側の義元の口から出たとはおよそ考え難い発言に、表情筋がほとんど機能しないと言われている佐助も驚愕する程の爆弾発言である。
「あれ、どうしたの佐助。鳩が豆鉄砲食らったみたいな顔だね」
「…正直、今程幸村の豪速球な突っ込みが欲しいと思った事はないかもしれません」
「ふうん?まあ、幸村はからかうと面白いからね。特に信玄がらみだと」