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❁✿✾ 落 花 流 水 ✾✿❁︎/イケメン戦国

第4章 宿にて



確実に凪の言わんとしている事を理解しているにも関わらず、光秀が何食わぬ顔で湯浴みを促した。

通された部屋は適度な広さで、二人で泊まるには十分過ぎる程だ。
奥の閉め切られた障子の向こうは張り出しの縁側となっていて、こじんまりしていながらも風情のある小庭を楽しむ事が出来る。
部屋角や文机付近に数台置かれた燭台の上の油皿には灯し油が満たされ、火の点いた灯芯が橙色の灯りで室内を照らしていた。
当然十分な光源とは言えないまでも、互いの顔が認識出来る程度には明るい。

「そうじゃなくて、何で一緒の部屋なんですか…」
「おや、不服だったか?見知らぬ土地での一人寝はさぞかし不安だろうと気を回したつもりだったのだがな」

文机の前に敷かれた座布団へ腰を下ろし、そこに用意されていた文へ手を伸ばしながら光秀は不満げな凪へちらりと視線をやった。揶揄めいた様子で口元を笑ませるも、男には端から別の部屋で凪を休ませるという選択肢など持ち合わせていない。

「光秀さんと同じ部屋っていうのも、それはそれで不安ですけど…」

同室を拒む凪に対し、想定済みの反応だと言わんばかりに瞼を一度伏せ、それを隠すかのように軽く顔を俯かせた光秀は広げた文へ意識を向けた。

「なに、そう警戒するな。別に取って食いはしない。…だが、どうしても一人部屋がいいと言うのなら好きにしろ」
「…え?いいんですか?」

好きにしろという言葉を受け、意外そうに目を瞬かせた凪が再度控えめな調子で窺う。黒々とした瞳に薄ら安堵が滲む様が目に浮かび、文の綴り文字へ視線を流しながら光秀が再度言葉を重ねた。

「ただしお前も聞いての通りこの宿は人払い済だ。部屋が離れてしまえば、俺とてすぐには駆け付けられんがな。…さて、どうする?」

(…選択肢があるようで、ない!)

最後に視線だけを文から凪へ注いだ男の口元が弧を描く。
座敷牢ではあるまいし、ここは現代のように完璧に施錠出来る部屋ではない。せめて隣室、と一度は考えを巡らせた凪の心が掻き立てされた恐怖で折れた。

「……褥(しとね)は離しますからね」
「俺としては、そのままでも構わないが。仔犬の可愛い寝顔を堪能出来ないのが残念でならんな」
「そんなもの堪能しないでください…」

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