• テキストサイズ

❁✿✾ 落 花 流 水 ✾✿❁︎/イケメン戦国

第4章 宿にて



「…っ、だから言いたくなかったんです!」

心の奥底が落ち着かず、笑われた羞恥とない混ぜになって声を上げると、笑いを治めた光秀が胸の前で緩やかに腕を組み、片手を自身の口元へあてがう。

「まあそう噛み付くな。お前が驚く程、鼻が利くという情報も手に入った事だ、そろそろ宿へ向かうとしよう。いつまでも路地に居る訳にもいかないだろう?お前がこの場に留まりたいと言うのなら、止めはしないが」
「…凄く不服ですが、宿には行きたいです」

散々笑って犬扱いされた事には正直納得いかないが、自分でもこの鼻の利きはいかがなものかと思っている為、完全に否定は出来ない。
いつからか(多分薬草の嗅ぎすぎで)意識をすると過敏になってしまう鼻の利き具合をかなり恨めしく思いながら、渋々凪が呟いた。

吐息だけで笑った光秀がおもむろに歩き出すと、白い袴の裾が揺れた。凪が小走りにならぬようにか、緩やかな歩みを始めた男が路地から往来へ出る入口で一度立ち止まり、振り返る。

「行くぞ、仔犬」
「だから、仔犬って呼ばないでください…!」

憤慨する彼女の声を背に受けながら、光秀は口元を綻ばせて通りへと足を踏み出したのだった。


──────────…


旅籠は二人が居たところから程なく歩いた場所にひっそりと佇んでいた。
町の奥まった場所、大通りの喧騒を避けるようにして建っていたそこはこじんまりとした様子であるものの、趣を感じさせる造りであり、庶民が利用するというよりは大名などがお忍びで使うような雰囲気がある。建物をぐるりと囲む垣根は程よい高さで、現代でいうところの隠れ宿に近い。

二人が宿を訪ねると、老齢な宿主が慣れた様子で中へ招き入れた。
予め光秀が手配していたらしい宿内は静まり返っており、宿で奉公する使用人達が数人居るだけで、光秀と凪以外に客が居ない事を暗に告げている。

─────お部屋は奥に用意してございますが、それ以外のお部屋もどうぞご自由にお使いくださいませ。

最奥の部屋へ通された二人の前で膝を付き、丁寧な所作で頭を深々と下げた宿主は、湯浴み処の準備を終えている事を告げてその場を辞した。

「あの、光秀さん」
「どうした?入口で立ち止まっていては、使用人が膳を運んで来た時に邪魔になるだろう。…ああ、その前に湯浴みでも済ませて来たらどうだ」


/ 903ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp