第14章 紫電一閃
告げた言葉は本心であった。彼女の手の大きさに合っていて、あの白藍色のものでなければ何を選んでも構わないと思っていた光秀だったが、敢えて店主から渡された、自分用にと選んだそれと似たものを選ぶとは思っていなかった為、凪が言い切った姿を些か驚きと共に見やる。
「…では、この二つを」
「ちょっと待ってください」
すぐに切り替え、まとめて勘定してしまおうと店主へ声をかけた光秀へ待ったをかけた凪は、片手に持った小さい方の湯呑み───即ち凪用のそれを光秀へ差し出し、名案を思い付いたとばかりに笑った。
「じゃあ私が光秀さん用のを買って、光秀さんが私用のを買う。それで手を打ちましょう」
その言い草は、先日繰り広げられた一つの大福を巡ったやり取りの末、光秀が用いた手段である。妥協案になっているのかいないのか、いまいち分からないそれを前にして、光秀は僅かに目を瞠った。つまり、互いが互いのものを買って贈り合うという事である。
「これ以上は絶対に譲りませんから、光秀さんも諦めて私の案に乗ってください。じゃないと、いつまで経ってもここから動けないですからね」
「………まったく、この俺を相手に随分とお粗末な交渉もあったものだ」
じっと己の双眸を見つめて来る凪の黒々とした眸に、光秀はやがて根負けした様子で瞼を伏せた。緩く肩を竦め、何処となく呆れを滲ませた声色はしかし、ほんの僅かに柔らかな色が隠されている。やがて差し出された小さな湯呑みを手にし、光秀はそれを店主へ手渡した。
「店主、これを」
「私もこれ、ください」
「かしこまりました。お勘定は別として…ご一緒にお包みしても?」
「頼む」
二人から差し出された同じ白花色の夫婦湯呑みを手にし、店主は愛想良く笑う。おそらく買った湯呑みを持つのは光秀であろうと考えた店主の申し出に、彼は静かに頷いた。