第14章 紫電一閃
凪を上手く言いくるめ、彼女の分共々買ってしまうつもりの光秀もその辺りは譲るつもりはなかった。
端から見れば痴話喧嘩のようなやり取りだが、凪は至って真剣である。
「嫌です。足りてません。これからかける迷惑の分もあるし、お世話になります、的な意味も込めますし」
「今後の礼なら家賃で十分だ」
「そ、それはそれ、これはこれです…っ」
家賃の価値がどんどん重くなっていくのを感じつつ、しれっと返した光秀へ凪が首を振った。どうしても譲る様子のない彼女を見やり、一度袂へ入れかけた腕を下ろせば、袖を掴んでいた凪の手も自然と離れて行く。その隙にいっそ勘定してしまおうかと思ったが、それだと機嫌を損ねかねないかと内心嘆息し、光秀は陳列棚へ視線を投げた。
「それで、お前はどれがいいんだ?」
「……なに話逸らしてるんですか。その手には乗りませんよ」
「まさか。ただ俺はどれがいいかを訊いているだけだ。もしや、秀吉の勘繰り癖でも伝染ったか?」
「伝染ってないけど、勘繰りたくはなります」
口角を緩く持ち上げながら問いかけると、明らかな疑いの眼差しが半眼のまま向けられる。そっと肩を竦めて、さも自然な風を装った光秀は棚上の湯呑みを視線でなぞった。
横で不服を露わにしている凪を視界の端に捉えつつそっと吐息だけで笑い、彼女に似合いのものを探す。自分よりも小さな手である為、取り落として火傷を負わぬよう、些か小ぶりなものがいいだろうと眺める傍ら、一度言い合いを諦めた凪は最後まで選択肢に残っていた白藍の湯呑みを、白花色の湯呑みを持つ手とは反対の手で取った。
「じゃあ、私はこれがいいです」
凪が手にしたものは白花色の湯呑みの隣にあったものである。光秀用にと選んだ湯呑みより一回り小さなそれは、確かに大きさ的には凪の手にしっくり来ているようだった。
しかし、光秀は凪の手にある湯呑みの色を目にし、僅かに眉根を寄せる。白く小さな手の中にあるその色は、とある男の髪色を連想させた。光秀と同じ色素の薄さを持つ、浮世離れした雰囲気をまとわせた長髪の男の姿が脳裏へ過ぎり、彼女の手からその湯呑みをそっと取り上げる。