第14章 紫電一閃
「え?そうですけど…もしかして違うのが良かったですか?」
「いや、そうではない」
一方、光秀の言葉を耳にし、仄かな驚きを音の中に感じ取ったような気がした凪は、きょとんとした様子でさも当然かの如く頷いた。そうして、手の中にある湯呑みへ視線を一度落とした後、不安そうに再び光秀を見上げる。
人の好みは千差万別というし、自分が良かれと思っても光秀にとってはいまいちだと思われる可能性もあるのだ。
懸念が込められた視線を受け、光秀は静かに否定する。物にこだわりがない、とはいえ、それだけの理由ではなく、そもそも凪が選んでくれたものに不平を漏らすつもりは光秀には微塵もない。
「せっかくお前が選んでくれたんだ。俺はそれで構わない。店主、勘定を────」
「ちょ、ちょっと待ってください!何で片手袂に入れてるんですか。まさか、自分で買おうとしてます?」
口元へ微かに笑みを乗せた光秀が片手で凪の頭を軽く撫で、奥に控えている店主へ声をかけつつ、頭を撫でていた手をそのまま自らの袂へ入れる素振りを前に、凪が焦燥した様子で声をかけた。
片手に湯呑みを持ったままぐい、と袂へ入れかけた光秀の袖を軽く引っ張った彼女は、怪訝に眉根を寄せて念の為問いただす。
「立ち寄ったからにはお前のものも買おうかと思っていた。ちょうどいいだろう」
「いや良くないですよ…!何で光秀さんのを光秀さんが自分で買うんですか」
袖を軽くとは言え掴まれている為、一応動きを止めた光秀は何やら不服そうな空気を醸し出している凪へ顔を向け、さも当然かのごとく言い切った。店へ向かう時から思っていた通り、光秀としては自分が居る以上、凪へ勘定をさせる気など一切ない。
しかし凪はそれで容易に納得する性質でもなかった。首を振って断固拒否する姿勢に、奥から一応声をかけられた為、顔を覗かせた焼き物屋の店主が微笑ましそうに二人を見ているなど気付かず、主張を続ける。
「これはこの前、湯呑みを割っちゃった代わりでもありますけど、そもそも光秀さんへのお礼やお詫びとか…とにかく色々込み込みなんです。だから私が買います」
「俺への詫びや礼だというなら、その気持ちだけで十分足りている」