第14章 紫電一閃
やがて義元は二人から視線を外し、ぐるりと視線を往来の人混みへ向けた。そこで不意に双眸をほんの僅か眇め、再び凪と光秀に向き直り、微笑する。
「それじゃ、名残惜しいけど、そろそろ俺は行くね。美しいものを見せてくれてありがとう」
「えーと…どういたし、まして?」
美しいもの、と告げて凪の黒々とした眼へ真っ直ぐに注がれた義元の眼差しへ、光秀が内心眉根を寄せた。彼が示したのが彼女の眸だと勘付き、【目】の件を勘繰った光秀だったが、凪の様子を見る限り、その方面で何かがあった気配はない。不思議そうな彼女の言葉を耳にし、満足げに笑みを深めると、そのまま義元は光秀へ視線を流した。
「光秀殿も、次にまた顔を合わせる時も今日と同じように町中である事を願っているよ」
「それは貴殿次第と言っておこう」
「…それもそうだね」
戦場ではなく、平穏な町中で。そんな邂逅を願うように告げた義元の言葉へ、光秀は同意も否定もしない。初めて優美な笑顔ではなく、何処とない自嘲を滲ませた義元はひらりと着流しの裾を翻した。穏やかな、けれど見るものが見れば隙の感じられない立ち姿で人混みへ消えて行くのを見送り、光秀はそっと瞼を閉ざす。
凪もしばらく同じ方向を見ていたが、どうにも最後の悲しげな、やりきれない表情が引っ掛かり、首を傾げた。
(…何か、雪みたいに溶けて消えちゃいそう)
焼き物を見ていた時や、凪の目を眺めていた時はとても生き生きしていたように見えたというのに、最後に立ち去った義元の姿は言葉で容易に表せないような儚さを抱いていたような気がする。人混みの中へ完全に消えていき、義元の姿が見えなくなっても尚、意識をそちらへ向けていた凪を見て、光秀は身を屈め、背後から耳朶へ唇を寄せた。
「…凪」
「っ…、も、もう!急に後ろから話しかけないでください!それから、そろそろこの腕を離してください…っ」
鼓膜をかすめる低い声色と、耳縁をなぞった吐息にびくりと身体を跳ねさせ、片手で耳を押さえた凪が背後を振り返った。思い出したように腹部へ回された男の腕を軽く外すよう叩き、主張すると光秀はしれっとした様子で言い切る。