第14章 紫電一閃
相変わらず店先に居た彼女はともかく、その横に見知った姿を見掛け、その人物が安土に居る───否、生きている事と凪の傍に居る事へ静かに息を呑んだ光秀は些か足早に距離を詰めた。
「これはこれは、まさかこのような場所で名将と名高い貴殿と相まみえる事になろうとは。一体安土へはどのような用向きで参られた。義元殿」
「わっ!?光秀さん…!?」
相手は既に近付く光秀の存在には気付いていただろう。無防備な凪の背後から腹部へ腕を回し、そのまま自らの方へ引き寄せる形にした光秀が、視線を逸らさず言い切った。
突如背後から引き寄せられる形となった凪は驚いた様子で声を上げ、腹部に回された腕へ片手を置くと光秀を振り返る。
丸くなった双眸が不思議そうな眼差しを向けて来る中、凪を挟んで向かいに立つ義元を見た光秀の双眸が油断のない色を帯びた。
「君に顔と名前を知られてるなんて光栄だよ、明智光秀殿。そんなに警戒しないで欲しいな。俺は別に、彼女に危害を加えるつもりはないよ」
ちなみに安土へ来た目的は、ただの物見遊山かな。光秀の探るような眼差しを受けても尚、義元はさして動じた様子を見せない。
光秀によって引き寄せられた凪へ一度視線を向け、再び背後に居る相手へ意識を戻した義元は口元へ優美な笑みを乗せただけだ。
義元は信長と敵対した桶狭間から撤退した後、命を散らしたと風の噂で聞いていたが、龍虎の件といい、武将が死んだなどという情報は然程あてにならないらしい。
現に目の前で優雅に微笑んでいる義元はこうして生き、しかも堂々と敵国である安土へ物見遊山に来ているというのだから。
「死したと噂された将が敵国へ物見遊山とは、なかなか酔狂な趣味をお持ちのようだ」
「うん。亡霊の身の上を口実に、こうして好き勝手出来るのはいいよね。俺は元々戦には興味ないし…遊びに来ることくらいは見逃して欲しいな」
(この人死んだって言われてたんだ…それで亡霊…)
義元本人が言う通り、彼からは殺気や企みの気配が微塵も感じられない。本当に物見遊山でふらりと立ち寄っただけだと分かる。皮肉を投げつつ、相手の本心を探っていた光秀は物憂げに微笑む義元へ双眸を眇め、やがてその言い分に瞼を伏せた。