第14章 紫電一閃
目の前に居る主君の様子を前に、九兵衛はそっと口元を綻ばせる。光秀が何を意識しているのかなど、それなりの付き合いになる部下には筒抜けだった。
「先程の件、遠くで拝見致しましたが、凪様は不思議な御方ですね。御殿に戻った時は色々と驚きましたが、家臣達にも慕われていらっしゃるようで、安心致しました」
「……少々向こう見ずなきらいがある、困った娘だ」
どうやら先の一件を九兵衛も目撃していたらしい。御殿へ顔を出した際にも、家臣達から凪の話題が出たようで、たった数日であるにも関わらず、家臣達から慕われている姿にはつい九兵衛も驚いてしまった。実は、それは家臣達の大いなる勘違いの所為でもあるが、元々さっぱりした凪の性格もあり、すぐに馴染んだというのも理由の一端であろう。
部下の言葉に、光秀は少々苦いものを飲み込んだような表情になった。凪は危なっかしくて目が離せない。だが、彼女の言動は時々、見ていて清々しいものがある。
子供へ向けた屈託ない笑顔を思い出し、光秀はつい口元を綻ばせた。あそこまできっぱり身分など関係ないと言い切る様を見ると、彼女がいかに下らぬ形式に囚われない世界で生きて来たかが理解出来る。光秀にはその飾らぬ様がとても眩しく見えた。
凪の言葉は、無意識の内に光秀の心の奥を、いつでもほんのり暖かくする。
「あまりお待たせする訳にも参りませんし、私はこの辺りで失礼致します。光秀様は凪様の元へどうぞお戻りください」
「……そうするとしよう。ご苦労だった、よく身体を休めておけ」
「はっ」
凪を一人店に残し続けるのも心配だろうと話を切り上げた九兵衛は、恭しい所作で頭を下げた。部下へひとつ頷いた光秀は長旅であった彼へ労いを再度かけると、身を翻す。薄暗い路地裏で淡く存在を主張する主君の背を見送り、九兵衛は一足先に御殿への帰路を辿って行った。
九兵衛と話を終えた後、路地裏から出た光秀は凪が居る焼き物屋の方へ視線を向け、映り込んだ光景に双眸を思わず瞠る。