第14章 紫電一閃
「ごめんね、怖かったでしょ。大丈夫?怪我、ない?」
「…あ、う、ん…大丈夫…」
話しかけたのは、件(くだん)の少年である。凪が心配そうに眉尻を下げる姿を呆然としたまま見つめ、問いかけへぎこちなくも頷いた彼はやはり、おずおずとした様で口を開く。
「助けてくれて、ありがとう…」
「私はあの人に腹立ったから言いたい事を勝手に言っただけ。気にしないで。それより…」
子供が気にかかった事も事実だが、半分以上は言った通り、男の言い分に立腹した故の無謀な行動である。笑いながら首を振った凪は、ふと無残な姿で転がっている小魚へ視線を落とし、眉尻を下げた。もしや今夜のおかずだったのだろうか。
加工されている訳ではない生魚は洗えばまあ食べられなくはないだろうが、だいぶ衝撃で形が崩れてしまっていた。
「……どうしよう」
小魚二匹、これで果たして何人分のおかずなのだろうかと凪はふと考える。あまり身なりが良いとは言えない少年は、困窮した様子で途方に暮れ、小さく呟く。
物価がいまいち理解出来ていない凪だが、少年の様子を見ると、おそらくなけなしの銅銭で買ったものなのだろう。やがて何事か思い付いた様子で自らの手首に引っ掛けていた大きな巾着へ視線を落とし、凪が口を開きかけた瞬間、白袴の裾を揺らしつつ彼女の隣へ光秀が静かに片膝をついて屈み込んだ。
「童(わっぱ)、両手を出せ」
淡々とした物言いながらも威圧的ではない低い声色が発せられ、少年はびくりと肩を跳ねさせた後で両手をそっと差し出す。
するとその上に硬質な音を響かせ、子供の手一杯の銅銭が置かれ、驚いた様子で少年が正面に居る光秀を見上げた。凪も双眸を見開き、まさに自分がやろうとしていた行動を光秀が取った事に驚いて、しかし何処か嬉しそうに口元を綻ばせる。
「あ、あの、これ…!」
もしかしたら少年はこれだけの量の銅銭を一度に手にした事がないのかもしれない。おどおどした様子で手の中のものと光秀の顔を交互に見やった彼は困ったように眉尻を下げた。謙虚な性格らしい彼は、突如渡された子供の手には余る銅銭を素直に受け取って良いか悩んでいるようである。