第14章 紫電一閃
「き、貴殿にはこの諍い、何の関係もない事。口出しは無用ですぞ!」
「生憎だが、貴殿へ毛を逆立てているこの娘は俺の連れでな。まったくの無関係という訳でもない」
「な…っ、明智、殿の連れですと…!?」
何故か光秀の名を発する時に一度どもった男は、驚愕に染まった面を凪へ向け、見開いたままの双眸を瞬かせる。じり、とまた一歩地面を擦って後退する男の背筋を冷たい汗が伝う中、光秀は特に構えの姿勢を取るでもなく、眇めた眼で男を見据えた。
「逢魔ヶ時とはいえ、人目も多い。往来で小娘相手にやり込められる姿は、さぞや城下を賑わせる事だろう。ここは一つ貴殿の為にも退いてはくれないか。……貴殿が自慢するその上質な袴とやらに、魚の臭いが完全に染み付いてしまう前に、な」
要するにさっさと帰って洗濯しろ、という事である。
丁重に下手に出ているようで、微塵も出ていない光秀の完全な煽りに男の顔は真っ青なものから再び真っ赤へ変化した。赤くなったり青くなったりと忙しない男を面白そうに見やった光秀の口元が意地悪く弧を描く。震える男を前にして、連れの男が軽く袖を引いた。何事かを耳元で小さく囁かれると、悔しそうに歯噛みした男が光秀と凪を鋭く睨み、吐き捨てる。
「おのれ…!!牢人風情の成り上がりが!」
男の罵声を受けても、光秀はさして気にした風もなく瞼を伏せて肩を竦めてみせるだけだった。やがて二人の男はそのまま身を翻すと荒々しい足取りで野次馬達をかき分け、光秀達が向かう方向とは真逆の方へ歩いていく。そうしてようやく落ち着いた事態に安堵した人々が息をつき、野次馬の群れが静かに霧散した。
「なにあの捨て台詞!自分が言い負かされたくせに…!だいたいそんなの関係ないじゃない」
「好きに言わせておけ」
遠ざかっていく男達の背を渋面のままで見やり、明らかに光秀を貶めた捨て台詞を耳にした凪が静かに憤慨した。
むっと顰められた眉間へ視線を流し、持ち上げた指先で宥めるようそこを撫でてやりつつ、気にした様子もなく光秀が微笑する。
そうして不服そうな面持ちを浮かべていた凪であったが、ふと我に返った様子で背後を振り返り、屈み込んだ。