第14章 紫電一閃
「これはこんな貧相な魚しか買えない貧民風情では到底支払える筈もない、上物の反物だ。それをこのように薄汚くしおって…!謝るというのなら、誠意を見せろ。地べたに這いつくばり、手を付け」
「……ひっ、」
いまだ怒り収まらぬ男はとうとう刀の柄へ手をかけ、さながら脅すかの如く少年に迫った。びくりと肩を大きく跳ねさせ、少年が桶を地面へ置き、男の言う通り誠意────即ち、土下座する為、腰を浮かせる。
けれども、目前に迫るあまりの恐怖に身が竦み、両足に上手く力が入らないまま草履で地面を蹴れば、その僅かな土埃が男の濡れた足袋や草履へとかかった。
「あ、ぅ…っ、」
「この餓鬼!ふざけやがって…!!」
決してわざとではない少年の不可抗力な行動はしかし、男の怒りを助長させるには十分過ぎる効果を持つ。眉間へ幾筋も刻んだ皺をひくりと動かし一歩を踏み出そうとした瞬間、それまで静かに事態を見守っていた光秀が動く────よりも早く、繋いだ手を解いた凪が駆け出して少年の前に立ちはだかった。
「止めなさいよ、大人げない!」
(…まったく、この馬鹿娘)
手に力が込められた事で、彼女の湧き上がる怒りを予感してはいたが、素早いその行動に虚を衝かれた光秀が内心で溜息を漏らす。ひとまずすぐに男と凪の間へ割って入る事はせず、いつでも動けるような状態で光秀はその場を見守る事にした。
一方、光秀の背後からほとんど勢いだけで飛び出した凪は、少年を庇い立ちつつ、刀の柄へ手をかけたままの男を厳しい眼差しで見据える。怒りが滲んでいるのは彼女も同じで、あまりにも一方的な言い分と、何より子供に対する大人げのない対応に目の当たりにし、完全に立腹していた。
「なんだ女、関係のない奴は引っ込んでろ!それとも俺に物申したい事でもあるのか」
「物申したい事だらけなんですけど!どっちがぶつかったかは知らないけど、わざとじゃないんだし、何よりこの子ちゃんと謝ってるじゃない。子供に対して誠意を見せろって、馬鹿じゃないの!?」
「な…っ!?」