第14章 紫電一閃
「ちゃんと髪拭かないと、いくら夏間際だからって風邪引きますよ!」
「放っておけばその内乾くだろう」
「それはそうだけど…もうちょっと水気は取った方がいいです」
優しい手付きで濡れた銀糸の束を拭きながら、凪が文句を言う。そもそも昨夜寝ていないだろう身なのだから、体調を崩したらどうするのだ、というのが彼女の言い分らしい。
むっとして引き結ばれた凪の唇は昨日とは異なり、淡い色で彩られている訳ではなく、彼女の自然な色合いのままだ。
用意を手短に済ませる為、化粧にかける時間を短縮したのだろう、不服そうな唇はそれでもふっくらと柔らかそうで、つい視線をそこへ注いだ光秀はしかし、自制するよう瞼を伏せる。
抵抗なく髪を拭かれている光秀と、文句を言いながら水気を丁寧に取ってあげる凪。
そんな二人の光景をはからずしも見守る形となった秀吉は、内心湧き上がった疑問に一人困惑していた。
(……こいつら、恋仲ってわけじゃあないん…だよな?)
秀吉の疑問はもっともで、端から見ればこんな行為を堂々と行えるなど、恋仲以外のなにものでもないのだが、少なくとも凪からはそういった気配が感じられない。
一体どういう関係なんだと至極当然とも言える疑問が深まる中、ある程度拭き終えた事に満足した凪が手拭いを取り去ると同時、瞼を持ち上げた光秀が離れていく彼女の片手を自然な所作ですくい上げる。
「すまないな、凪」
そうして低く艶めいた音を溢しながら、唇を軽くすくい上げた白い手首へ寄せ、金色の眼を静かに凪へ流した。
「えっ、あ…、ど、どう致しまして…っ」
途端、どもりながらも幾分上擦った声が光秀へ届けられる。
普段ならば照れ隠しの文句や顰め面が覗くところだというのに、今日に限っては違うらしい。目元や耳朶をほんのり染め、そわそわと落ち着かない様子で凪にしては珍しく視線を逸らした。困ったように下がった眉尻と、引き結ばれた唇を目にし、光秀は違和感に内心眉根を寄せる。両手に持った手拭いをくしゃりと握り、視線の行き場がないと言わんばかりに右へ左へ動く黒々とした目を見て、光秀の指先にほんのり熱が灯った。