第14章 紫電一閃
「あの、豊臣さん…!!」
「お、おう…どうした?」
ずい、と両膝を擦る形で前へ近付き、距離を縮めた凪が秀吉を大きな黒々とした眸で見上げる。先日の少し遠慮気味な様から一転、近付いた距離感に驚きつつ先を促せば、凪は僅かな逡巡を見せた後、それでもはっきりと告げた。
「もしお時間大丈夫だったら、教えてもらいたいものがあるんですけど…!」
深刻そうな様子で一体何を言い出すのかと思えば、凪が教えて欲しいと告げたのは文字である。
別に急ぎの用事がある訳でもないからと快く了承してくれた秀吉指導の元、急遽開かれる事となった文字の勉強会は、女中が運んで来てくれた茶を呑みながらの、思いの外のんびりとしたものだった。
この歳で文字の読み書きが覚束ない事を告白した凪は、秀吉に怪訝に思われてしまうかと懸念したのだが、彼はむしろ凪の学ぶ姿勢を評価し、偉い偉いと頭を撫でて褒めてくれた。
共通の教育体制が整っていないこの時代、有権者や金のある者達は学ぶ事が出来ても、身分の低い者達はなかなか満足に学ぶ事が出来ない。故に秀吉は凪を笑う事などせず、真摯に向き合ってくれていた。
あまり時間を取らせるのも悪いかと思い、取り急ぎ秀吉へ頼んだのは、現代でいう五十音表の制作だ。
いろはに…の順ではなく、縦で五音ずつ、慣れ親しんだあいうえおの順で文字を書いてくれるようお願いすると、妙な並びだなと首を傾げながらも秀吉はその通りに表を作ってくれている。
綺麗な筆運びに感心しつつ、止め、跳ねなどの軽い解説を兼ねて表を作ってくれている秀吉の手元を覗き込み、凪はすらすらと綴られていく文字を目で追った。
綴り文字にも個人の癖が出るものだが、大まかな形さえ覚えてしまえば後は雰囲気でなんとかなるだろう。
文机に向かう秀吉と左側の邪魔にならない位置で軽く身を乗り出しながら手元を覗き込んでいた凪の元へ来訪者が訪れたのは、ちょうど表をすべて書き終えたのとほぼ同時の事だった。