第14章 紫電一閃
この時代、ぐるぐると落ち着きのない様を女性がするのは、はしたないとされている為、適当な言い訳をして誤魔化した凪だったが、その言い分に秀吉は納得してくれたらしく、一度廊下へ顔を出して通りがかった女中へ声をかけてくれた。
茶が運ばれるまで大人しく待て、という意だったのだろう。促されるままに座布団へ正座すれば、秀吉もその正面に胡座をかいて腰を据える。
「実は、信長様からお前宛てにお預かりしたものがあってな。それを渡しに来たんだ」
「私宛てに信長様が…?」
用件など見当もつかない凪が小さく問いかけると、秀吉はおもむろに頷いて手にしていた、女性であれば両手でやっと持てる大きさの巾着を取り出し、それを二人の間へ静かに置いた。その瞬間、じゃらという硬質な音が響き、凪が首を傾げる。
「摂津へ同行した御役目への報酬だそうだ。本当は金や銀を与えられるおつもりだったらしいが…市でそんなものを出したら、妙な輩に付け狙われかねないからな」
「…もしかしてお金、ですか?」
「ああ、無駄遣いしないで大事に使えよ」
(……生活費!!!)
思わぬところから飛び出て来た報酬に凪の心がつい浮き立った。さすがに秀吉の目の前で巾着を開けて中を確認するのは憚られる為、金額は後で計算するとして、とにかく今の凪にとってはまさに天の助けである。
「ありがとうございます…!」
「礼なら俺じゃなくて信長様へお伝えしろ。…まああの御方の事だから、正当な報酬だから礼は要らんとでもおっしゃるんだろうが」
「じゃあ後で天主にお邪魔して、言って来ますね」
「そうだな。報酬とはいえ、礼は尽くさないとな」
嬉しそうな凪が素直に頷く様を見て、秀吉もついつられるように面持ちを綻ばせると片手を伸ばし、凪の頭をぽん、と撫でた。
果たしてこの時代で、目の前の大きな巾着袋一杯の銭でどのくらいの金額や価値なのかはまったく理解出来なかったが、無一文よりは余程いい。
節約に努めて生活費を捻出するとし、残る問題を脳裏へ過ぎらせた凪は、ちょうど目の前に居る秀吉をじっと見つめると、思い付いた様子で軽く身を乗り出した。