第14章 紫電一閃
「……貴方の用件とやらは、これでしたか。あの御方との繋がりについて確信を得る為、わざと。自分が傍に置く女の事も出しにして…!」
凪を侮辱するような事を女が口にした際の、光秀の態度の事を言っているのだろう。凪への嫉妬に満ちた女の自尊心を刺激するような事を敢えて口にし、言葉を誘い出したのかと非難する女を前にして、光秀は何も応えなかった。
口元の笑みを消し去り、静かに身を翻す。
女もそれ以上口にする事はない。ただ悔しそうに歯噛みし、頭を深く項垂れさせたまま、微かな嗚咽を漏らした。
牢の扉を抜け、それを閉ざした後で錠を掛けた光秀は格子越しに項垂れたままの女を見つめ、静かに声をかける。
「支子(くちなし)の君」
果たしてそれが女の名であるかは、光秀にとっては知る由もない。間者として女中へ紛れ込んだ時から、自らをそう呼んで欲しいと言っていたとお千代から聞いている、その名以外に呼び方を知らない。
いつも身に付けている支子色の小袖をずり、石畳の上で擦った女の顔が持ち上げられた。その目が冷たい憎悪に燃えている様を見て、生の意思を眼の奥へ見出すと光秀は緩く口元を笑ませる。
「せいぜい、俺を恨め」
「化け狐…!お前の本性を知れば、お前が傍に置く姫も裸足で逃げ出すに決まっている…!!」
敢えて口にした言葉に、女は血を吐くような声を発した。
その怨嗟の矛先が凪でなく、己へ向いた事へ満足げに笑みを深めた光秀は、ふわりと優雅な所作で袴の裾を捌く。
鋭い眼光を背に受けても尚、揺らぐ事のないすらりとした立ち姿のままで薄暗い深淵の澱みから明るい日の下へ向かう途中、不意に光秀の脳裏に凪の姿が思い浮かんだ。
ひんやりとした地下へ身を置いていた所為か、あるいは元々低めの体温の所為か、指先や身体はどこもかしこも冷えていたというのに、持ち上げた片手の指先、そこで触れた己の唇だけは確かな熱を帯びている。
凪の暖かな熱を思い出し、彼女の姿を日の下で早く見たいと衝動的に過ぎった思考を自制するよう、地下牢を出た光秀は澱みの残滓を洗い流すべく、水場へと足を向けたのだった。