第14章 紫電一閃
鼓膜を震わせた鋭利な声に、女の唇がひやりとした殺気を感じ、小刻みに震える。刀を抜かれた訳でもなく、切っ先を突き付けられた訳でもないというのに、女は首筋にまるで冷たい刃を薄皮一枚であてがわれたような心地になり、喉の奥を引き攣らせた。
掴み上げた顎を解放し、屈めた身を戻した光秀の姿を見上げ、女は悔し紛れに歯噛みする。しかし、自らの劣勢を自尊心が許さなかったのか、女はかすれた声で笑った。
「そんなに大事なら縄でも付けて御殿の奥にでも閉じ込めておきなさい。あの御方が【明智光秀の傍に居る女】を探していらっしゃる。貴方の傍に居る女なんて、この安土にはもはや一人しか…──」
「やはり、睨んだ通りお前は清秀殿の駒の一人だったか」
「……なっ!?」
勢いのままに言い切った女の言葉を最後まで聞かず、光秀が確信を持って言い切る。男の口から発せられたその名へ、双眸を大きく瞠った女の眸の奥が揺れた。その動揺を、光秀が見逃す筈がない。短く息を呑み、言葉を一瞬失った女の前で光秀はただ静かに微笑した。
「自尊心の高い者程、それを踏み躙られるとよく口が滑るものだ。…お前は、立場は違えど凪を妬んだのだろう?」
「……うるさい…っ」
「あの娘が、お前の敬愛する主の興を惹いている存在だと勘付き…俺の誘導も相まって、毒殺の首謀者へお粗末にも仕立て上げた。無論、清秀殿へは報告をせず」
「うるさい…!!」
光秀の静かな追い打ちに金切り声を上げた女が、髪を振り乱して音を遮るよう顔を伏せる。塞ぎたくとも、手首を縛り上げられた状態では耳へ手を押し当てる事も出来ない。
冷たく責め立てる言葉を並べる傍らで、光秀は目の前に居る女が酷く憐れに思えた。清秀は駒の一つ一つに心を砕く事は決してない。ただ切り捨て、挿げ替え、新しいものを手に入れれば、それを使う。あの男は合理性を好む信長と近しいようでいて、まったく異なった存在だ。
この女の事とて、彼女がどれほどの敬愛やそれ以外の感情を注いだとしても、おそらく心を砕いて見た事など、一度たりともないのだろう。
だが、そんな男の為であっても身を粉にしてしまったのが、彼女の義なのだ。