第14章 紫電一閃
(落ち着こう。変に意識したら迷惑かけちゃうだろうし、まずは時間を確認して…それから光秀さんに昨日の記憶失くしてからの事を訊いて…メイク落としたら顔洗って来よう)
こうしていつまでも夢の事を引きずっていても仕方ない。
見てしまったものは見てしまったのだから、取り返しの付く事ではないし、妙な態度を取って光秀に気を遣わせたくもないと考えた凪は、静かに褥から立ち上がり、それをきれいに畳んで片付けた。
窓を開けて空を確認すると、まだ太陽は高い位置まで上がっておらず、思いの外早い時刻である事を悟る。
万が一寝ていたら、という懸念があった為、入り口の襖をほんの少しだけ細く開けば、その隙間からは既にしっかりと身支度を終え、文机の前で書き物をしている光秀の姿があった。
「……光秀さん」
何となく気まずさが先立ち、小さな声で呼びかけた凪のそれに顔を上げた光秀は、投げた視線の先、細く開いた襖の隙間からこちらを見ている彼女の姿に小さく笑う。
「ようやく起きたか、寝坊助」
「え、そんな遅い時間でしたか?」
光秀の言い様に目を瞬かせた凪が心配そうに問いかければ、彼は意地の悪そうな面持ちで笑みを深めた。眇めた金色の眼が凪を見つめ、少し可笑しそうな色を声に含ませる。
「いや、冗談だ。まだ六つ半(7時)を少し過ぎた頃だろう」
「…なんだ、びっくりさせないでくださいよ。…あの、ところで、ちょっと訊きたいんですけど」
先程空を見た時に、それ程遅い時間ではないと判断したのは誤りではなかったらしい。小さく安堵の息を漏らした凪は、ひとまず本題に入ろうかと、何処となく言い出しにくそうに切り出した。
「どうした」
「あの…昨日、私どうやって御殿に帰って来たのかなと思って」
「────…は?」
静かに促され、凪がおずおずと問いかける。予想外の方向から飛んで来た質問を耳に、僅かに眉根を動かした光秀が細い隙間から窺って来る凪を見据え、短い相槌を打った。
しばし二人の間に沈黙が流れ、気まずそうに眉尻を下げた凪の表情を見つめていた光秀であったが、やがて薄っすらとした笑みを口元にだけ刻む。