第13章 再宴
「────…冗談だ。小娘相手に興が乗りすぎたな」
いつまでも往来に留まるわけにはいかない、と繋いだ手を軽く引き、凪を促す。何も反応の無い凪へ足を踏み出すと同時に確認するよう振り返った光秀の目の前で、ゆらりと闇の中でも映える真白な芙蓉が揺らいだ。
「馬鹿にして!そこまで言うならやってやりますよ…!」
「凪…、」
繋いだ手をそのままぐいと引き寄せ、振り向きざまの光秀へ一歩近付いた凪が必死に背伸びをする。片手を伸ばし、求めるように真白な手が光秀の白い着物の衿をくしゃりと掴んだ。
煽られた怒りと羞恥と、酔いの回った正常ではない思考を制御出来ぬ状態で、名を呼びかけた光秀の音を呑み込むよう、柔らかい唇を押し当てる。鼓動が跳ね、そのまま握り潰されたような感覚に息が詰まった。
「っ…」
色気も何もない、半ば自暴自棄な口付けだが、互いの唇に触れる熱と感触は本物だ。見開いた眼の先に、黒く長い睫毛を伏せた凪の姿がある。ほんの僅か離れたそこで、どちらのものか分からない吐息が唇を撫ぜた瞬間、光秀の中で焦れた熱が静かに爆(は)ぜた。
「────…この、馬鹿娘」
喉奥で低く押し殺した声は、一度たりとも聞いた事のないものだった。唇が離れて伏せた瞼を凪が開けると同時、繋いだ手を一度解いた光秀が、再度彼女の手首を掴む。
「あっ…!?」
力強い腕へ半ば強制的に引っ張られ、凪の身体は抵抗の間もなく路地裏の家屋、その壁へと押し付けられた。
掴んだ手首を壁に縫い止める形のまま、何が起こったのか分からず当惑する凪の眸を間近に見下ろし、反対の手を逃さないよう壁へつく。
口元にいつもの笑みが浮かんでいない、ただ真摯な面持ちのまま───そうして普段の余裕が垣間見えぬ様へ何事かを口にしようとする前に、男が眇めた眼で凪を射抜いた。
「こんな状況で、俺を煽るな」
かすれた声が痛切な響きを帯びていたような気がして、息を呑んだ瞬間、凪の唇を光秀のそれが塞ぐ。
噛み付くような口付けは、幾度か柔らかく甘い凪の唇を堪能し、小さな音を立てて啄まれた。呼吸を許さない触れ合いが角度を変えて重ねられ、そのまま舌先で無理矢理唇を割る。