第13章 再宴
「口付け一つでここまで感情を露わに出来る程だ。そう間違ってもいないだろう」
「はあ!?そういう言い方します?……まあ、光秀さんみたいに手慣れた人にとっては口付けの一つや二つ、なんて事ないんでしょうけど…!数だって遠く及ばないんでしょうけども!」
いっそ色々溜まってしまったらしい鬱憤を吐き出させてしまうかと煽った矢先、思わぬ方向に話が飛んで光秀は微かに双眸を見開く。凪は幾度か光秀に対して女性の扱いに慣れている、と言っていたがそういう認識であったとは。心を伴わない偽りの触れ合いなど、何の意味も成さないというのに。
何となく予感していた事だが、凪に言われるとどうにも───心がざわついた。
「…馬鹿にされていると怒る割りに、随分と細かい事を気にする。それともそうして誘うのが、よもやお前の手管か?」
「え、な、何言ってるんですか…!?違っ…───」
「敢えて話題を俺へすり替えるのは、そうして欲しいと伝える為だったか。これは恐れ入った」
首を巡らせ、眇めた金色の眼で妖しい色香を含ませた光秀の笑んだ唇から発せられた音が鼓膜を打つ。予想外の言葉に一瞬何を言われたのか分からず、固まった凪がつい歩みを止めて否定した。
けれども、追い打ちをかけるかの如く降って来たそれが、凪の羞恥と正常に回っていない思考をかき乱す。
「違いますってば…!私はそうやって馬鹿にされたくないから言っただけで…っ」
「そこまで否定するなら、いっそ本当に俺としてみるか?」
足を止めた凪に合わせてその場に留まり、不服そうな面持ちで言い募った彼女を見下ろす。繋いだ手はそのままで、敢えて指先に力を込め、親指で誘うようするりと手の甲をなぞった男の双眸が真摯な色を押し隠し、口元の弧を深めた。
あくまでも戯れのように告げた男の声色に、僅かな熱が灯った事を凪は知らない。
呆然とした彼女の見開かれた眸が動揺を隠しもせず、瞬かれた。
「初心ではないというなら、簡単だろう?」
「なに、言って…」
先程までの勢いを失くし、小さく喉奥から戸惑いを溢した凪の表情を真っ直ぐに見つめ、光秀はしばらくの後、瞼を伏せる事で意識を静かに切り替える。
彼女へ向けていた顔を正面へ戻し、微かな自嘲にすら思える吐息だけの笑いを漏らした。