第13章 再宴
実は別に帰宅するのは何刻であろうと構わないのだが、光秀の含みのある言い方を、忙しいという方向で捉えたらしい凪が特に何事も問わずに正面の相手へ合わせて席を立った。
軽く手招かれ、隣の家康へ軽く挨拶した後、光秀の傍へ凪が寄った瞬間。
どさっ、と近くで鈍い音が響き、驚いた凪が背後を振り返った。
「政宗…!?」
「……光秀さん、あんたまた…」
凪が振り返った先では、ちょうど先程まで彼女が座していた座布団の上へ横向きになるような体勢で政宗が転がっている。ぎょっとして名を呼ぶ彼女を他所に、おおまか事情を察した家康が心底面倒くさそうに呆れた眼差しを真っ白な狐へ送った。
心配そうに政宗を見ている凪の横顔へ一度視線を流し、袴の裾を翻した光秀は喉奥で低い笑いを溢し、眇めた金色の眼に悪戯な色を過ぎらせたまま微笑する。
「爪を立て損ねた猫の代わりに、借りを返してやったまでだ」
囁き落とすかのような低く潤った音が密やかに届き、家康は深い溜息を溢した。その間にも光秀は政宗に近付いて心配そうにしている彼女の手を取り、上座の信長へ挨拶をした後、早々に宴の場を後にする。
真っ白な袴を翻して悠然とした足取りで凪を伴い、去って行った男のすらりとした背を半眼で見送り、家康は何度目になるか分からない溜息を漏らすと、隣で横になり───白湯と酒を混ぜた騙し白湯で潰された政宗へ視線を向け、もはや投げやりに瞼を伏せた。
「どうするんですか、これ……」
──────────…
酔いというものは気が抜けた瞬間、一気に回って来るものらしい。そして更に性質(たち)が悪いのは、得てして酔っている者が、その自覚をあまり持っていないという事である。
大広間を後にして安土城から下城した後、二度目となる御殿への帰り道を二人並んで夜闇の中を進む。
繋がれた手は普段よりも体温が高く、それが凪の状態が正常とは異なるものであると示しているかのようだった。
月も欠けぬ静謐(せいひつ)とした闇の中、頼りのない薄ら灯りだけが二人の足元を照らしている。寝静まるには僅かに早い刻限だが、酒を提供する食事処や春を売る宿以外は既に店仕舞いとなった安土城下の通り。