第13章 再宴
この場で凪を潰してしまうわけにもいかず、退室する言い訳を視線を巡らせるだけに留めながら探した光秀は、空の盃を手にすると、先程持参した銚子を傾けて注ぎ、凪へ差し出す。
「凪、これを政宗に渡してやれ」
「…え?はい…」
家康と何やら軽口を叩きあっている政宗に気付かれぬよう、至極自然に渡した濁りのある盃を凪が不思議そうに受け取った。きょとんとして自らを見上げて来る凪に対し、薄く笑った光秀はさも当然かのように言葉を紡ぐ。
「しばらく何も口にしていない。そろそろ喉でも渇いた頃だろう。俺から渡されるより、お前からの方がこの男も喜ぶ」
「…私から貰っても、とは思いますけど、確かに喉は渇きますよね。分かりました」
凪の隣に座った時から、盃を手にしていない政宗は確かに何も口にしていない。話している内に喉が渇くのは道理かと納得して、彼女は光秀の言う通り素直に頷いた。
「政宗、これどうぞ」
「…ん?これは…まさか酒じゃないだろうな?」
「安心しろ、白湯だ。匂いを嗅げば分かるだろう」
一度家康との話を中断するよう声をかけた凪が白く濁った液体が揺れる盃を政宗に向かって差し出す。
小さな白い手に持たれた盃へ視線を落とし、その濁った様へ怪訝に眉根を寄せた政宗を不思議そうに見た凪が何かを口にするより早く、光秀が相変わらず笑みを口元へ称えながら答えた。
もっともらしい言い分に、一度凪から盃を手にした政宗はそれの匂いを軽く嗅ぎ、些か安堵の滲む様子で瞼を伏せる。
「……そうみたいだな。じゃあせっかくだから貰うとするか。ありがとな、凪」
「あ、いえ…どう致しまして。でも、あの…」
「凪」
そっと嘆息を漏らした後で軽く盃を上げた政宗が凪へ素直に礼を紡ぐと、彼女は何とも言い難い面持ちで頷いた。盃を政宗が傾ける様を見つつ、そうして何かを伝えようと口を開きかけたと同時、正面から被せるようにして光秀が彼女の名を呼び、立ち上がる。
「残念だが、そろそろ暇(いとま)するとしよう。あまり遅くなると明日に響く」
「……え?分かりました、明日もお仕事沢山あるんですよね」
「まあそんなところだ」