第13章 再宴
凪にとって光秀が触れてくるのは割と日常といった認識だ。その時点で刷り込みとでもいうべきか、凪の基準が些か可笑しくなって来ている事実は否めないが、生憎彼女は気付いていないし、光秀としても別に指摘する気はない。
奔放な割に意外と根底は常識人である政宗が苦笑するのを、突っ込まず黙って聞いていた家康も内心で同意した。
「それで、良い思い出がないっていうのはどういう事だ?送り狼にでも遭ったか?」
自分で話を遮ってしまったからと、自ら凪の話の続きを促した政宗の冗談混じりなそれを聞き、彼女は一瞬何とも言えない顔をする。するすると指の腹で頬の感触を楽しんでいた光秀の指がひたりと止まった。それからきゅ、と痛くない程度に頬を人差し指と親指でつまみ、口元へ弧を描く。
「そうだったか、凪。警戒心が薄い娘だとは常々思っていたが、そこまでおつむが足りなかったとは驚いた」
「ちょっと、勝手に話まとめないで下さいよ!未遂です…!そう見えたのは顔色だけで、実際酔ってなかったんですから…っ」
「なんだ未遂か、つまらねえな。まあ酔ってなくてもどうにかしようと思えば出来るだろうし、その男の手管がなかったって話だろ」
何となく光秀の圧を感じて即座に否定しつつ、頬を軽くつねる手を退かした凪は隣で肩を竦めて鼻で短く笑った政宗へ顔を向けると思わず半眼になった。
フランクで人当たりも良く、気遣いも出来て料理も上手い。しかし些か【そういった事】については奔放が過ぎるきらいがあるとこの短時間で把握した凪の警戒心が一段階引き上げられた。
「だからそういうのは合意じゃないと駄目ですって」
「人間いつ死ぬか分からない。なら、したいと思った時に好きなようにするのが一番だ。お前もそう思うだろ?」
「まあ一理あるな」
銚子で盃へ酒を満たした凪が憮然としてたしなめるように告げれば、政宗はさも当然だとばかりに笑う。内容にもよるが、と前置きした光秀も同意を示すと、凪はやはり物言いたげなままで盃を呷った。
ふと光秀の盃が空になりかけている事に気付き、凪が銚子を持ち上げると応えるように相手が盃を上げる。満たされて行く透明な清酒を目にし、軽くなって来た銚子を傍らへ置いた。