第4章 宿にて
凪は周りを警戒し、極力余計な事を言わないよう努めていたようだったが、時折その視線が探るように己を見やって来る事に気付き、やはり計画を実行する事とした光秀は、主君がそれに反対しない事を理解しつつ、伺いを立てる。
あの時、信長は面白そうに笑っていた。
まるでその女は白だとでも言うように、しかし己が納得するまで見定めれば良いとでも言うように、信長は凪を光秀へ貸して寄越したのだ。
日の入りが遅くなりつつある季節ではあるが、仄かな薄灰色に染まる町には城下町のような適度な光源などなく、あと半刻もすれば夜の姿を見せ始める。
凪が足を止めたのは偶然ではあったが、どのようにして一度姿を隠すか思案していた光秀にとって、彼女の行動はまさにちょうど良い、といったところだった。
「何に気を取られたかと思えば、まさか薬草とはな。年頃の娘が興味を惹かれるには、まったく色気のない事だ」
細い路地、家屋の壁に緩く背を預けていた光秀は、先程目にした凪の視線の先を思い出し、低く笑いを零す。
今頃彼女は一人往来に取り残された事に気付き、あの顰め面を浮かべている事だろう。あるいは少しでも不安げな、可愛げのある顔でもしているだろうか。
「…もしそうなら、間近で見られないのは少々勿体ない気もするが」
零した言葉に、自身で思っているよりも感情が滲んでいた事など知るよしもない。
凪が薬草に目を向けた瞬間、光秀はこの町に至るまでに決めていた計画を実行に移した。計画といってもそこまで大仰なものではなく、一度凪の前から姿を意図的に消すといったものだ。
人混みに静かに紛れ、立ち止まる彼女から距離を取り、今は凪を取り残した場所から少しばかり離れたところに居る。
少し足を伸ばせば今夜の宿と定めていた場所に辿り着くそこで、部下の報告を待っていた。
ちなみに、凪の傍には気付かれないよう九兵衛を置いてきている為、彼女を見失うことはない。
お戯れも程々に、などと言われたが九兵衛からの報告無しに自らの足で凪を迎えに行くつもりはなかった。一人になった時に取る、彼女の素の行動を見極めるつもりであったのだから。